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[[2010年]]も前年同様[[オーシャンステークス]]から始動。道中は中団内を追走し、直線では内で馬群をさばくのに手間取るものの、前が開いてからは一完歩ごとに差を詰め、残り100mで先頭に立ち勝利、重賞3連勝を果たした。そして3月28日の第40回高松宮記念、3枠6番という好枠から先行集団をマークしながらレースを進め、直線で先行した[[ヘッドライナー (競走馬)|ヘッドライナー]]を捉えて先頭に立つと、外から急襲した[[ビービーガルダン]]をハナ差抑えて1着となり初のGI制覇を果たした。南半球産の日本調教馬が日本のGI級競走に優勝するのは[[グレード制]]導入後は初めて。それ以前に遡っても[[1956年]][[天皇賞(秋)]]のミツドフアーム以来44年振りである。秋は[[セントウルステークス]]からの予定だったが、疝痛のため出走を取り消した。本番のスプリンターズステークスでは中団から追い込んで3位入線するも、[[ダッシャーゴーゴー]]の降着により2着に繰り上がった。[[マイルチャンピオンシップ]]では3番人気に支持され、道中中団を追走も直線でまったく伸びず13着と大敗した。[[12月18日]]の阪神カップでは好位4番手から抜け出すと、直線では逃げた[[レッドスパーダ]]との叩き合いとなり最後はクビ差で制し連覇を達成した。なお、この年のG1競走1勝、2着1回を含む短距離重賞3勝の成績が認められ、[[JRA賞最優秀短距離馬]]に選出されている。
 
[[2011年]]も前年同様[[オーシャンステークス]]から始動。掛かり気味に後方2番手で追走し、直線で外から猛然と追い込んだが2着。次の[[高松宮記念 (競馬)|高松宮記念]]では3番人気に推された。レースでは積極果敢に先団を形成、直線で軽々と抜け出し追い込んできた[[サンカルロ]]に1馬身1/4の差をつけ完勝。同レース史上初の連覇、騎乗した[[ウンベルト・リスポリ]]は来日初G1勝利を飾った。レース後は海外挑戦など次戦以降の模索もされていたが、翌日の[[3月28日]]に引退が発表された。引退後は[[社台スタリオンステーション]]で種牡馬となる<ref>[http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/03/28/kiji/K20110328000517170.html ]高松宮記念連覇から一夜 キンシャサノキセキ電撃引退]</ref>。
 
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