「リンゴの唄」の版間の差分

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レコードは{{jdate|1945|12|14}}に録音され、{{jdate|1946|1}}に日蓄工業株式会社から「コロムビアレコード」として第1回新譜臨時発売分として市場に出た。廃盤まで長期間にわたり継続生産された為に、レーベルの印刷書式・インク・用紙に様々な区分がある。初版はレコード番号の前に規格区分の12が記され、社名が日蓄工業とローマ字で印刷されたものである。なお、並木路子が独唱で録音した音源([[1945年]][[12月14日]]以前の録音)が存在する、レコードでは当初はB面であったが後にA面に変更になったとの事実誤認説があるが、録音台帳と発売原簿には上記の事実は存在しない。
 
この当時まだリンゴは貴重品であり、[[1945年]][[12月]]に行われた公開[[ラジオ番組]]([[日本放送協会|NHK]]『[[希望音楽会]]』)において並木がこの歌を歌いながら客席に降り、篭からリンゴを配ったところ、会場がリンゴの奪い合いで大騒ぎになったというエピソードもある。並木も後日「リンゴってどんな味がしたんだろうと思い出しながら歌った」と語っている<ref name=nikkansports>[http://www.nikkansports.com/jinji/2001/seikyo010409.html 「リンゴの唄」並木路子さんが死去]、[[日刊スポーツ]]、{{jdate|2001|4|9}}。</ref>。この当時は「黙って見ている青い顔」「リンゴ高いや高いやリンゴ」という[[替え歌]]が流通したこともあった<ref>{{Cite web|date=2001-04-10|url=http://www.ne.jp/asahi/kuyama/homepage/SHOIN/D010411.htm|title=リンゴの唄|publisher=旧人類の草庵|accessdate=2011-04-04}}</ref>。
 
また、[[テレビ番組]]などの資料映像として終戦直後のモノクロ映像(焼け跡の空撮、[[闇市]]、[[買い出し列車]]など)が流れる際、必ずと言っていいほど[[バックグラウンドミュージック|BGM]]にこの曲が使われるケースが多いため“定番BGM”としても知られている。{{jdate|2007}}には[[日本の歌百選]]に選出されている。
*[[2011年東北地方太平洋沖地震]]では、復興を願いコミュニティFMに「りんごラジオ」と名付けられた。
* 並木が死去した直後の{{jdate|2001|4}}、[[モーニング娘。]]のメンバー(当時)・[[石川梨華]](現・[[美勇伝]])が「今私たちがこうして歌えることの源流が並木さんの『リンゴの唄』であることを思うと、その先人の功績を忘れることなく歌い続けなければならない」という追悼談話を述べていた。
* 上記のようにリンゴが貴重品であったために、実際に歌詞通りの状況は存在しがたく、そのために「黙って見ている青い顔」という[[替え歌]]が流通した。「リンゴ高いや高いやリンゴ」とも。
 
== 脚注 ==
24,187

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