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天皇の参拝
(天皇の参拝)
'''参拝'''(さんぱい)とは、[[神社]]、[[寺院]]、[[教会]]、[[墓廟]]などの宗教施設を訪れて、神仏や死者に拝む(または祈る)行為のことである。なお、祈願者本人に代わって参拝することを'''代参'''(だいさん)、祈願した神社や寺院に参詣せずその方角に向って参拝することを'''遥拝'''(ようはい)という。
同様の言葉に「'''参詣'''(さんけい)」があるが、参拝は拝むこと(身体的な動作)に主眼があるのに対し、参詣は寺社へ詣でること(地理的な移動)に主眼がある。ただし、[[寺社]]に参拝するためにはそこへ詣でることになるので、一般には両者は同義の言葉とみなされている。特定の複数の社寺教会を続けて参拝することを'''[[巡礼]]'''・'''巡拝'''という。
 
[[天皇]]が神社を訪れることは、参拝と呼ばず'''親拝'''と言う。これは[[現人神]]である天皇は祭られている神と同格であるとする[[神道]]の教義によるものである。
 
 
 
 
近世になると、交通網の整備に伴い庶民の遠出が盛んになり、伊勢神宮・[[金刀比羅宮]]・[[善光寺]]などへ全国から参詣者が訪れるようになった。遠隔地への参詣には費用がかかることから、人々は[[講]]を組織し、お金を出しあって代表者が代参を行うという習慣も生まれた。また、伊勢神宮への参詣では、道中で無一文になっても沿道の人々の援助によって旅が続けられるという「抜け参り」という風習もあった。これは、援助をした人も参詣した人と同じ御利益が得られると考えられたためである。
 
 
==天皇の参拝==
歴史的には[[天皇]]が神社を参詣する場合は、[[行幸]]の語が用いられる。[[賀茂行幸]]、[[石清水行幸]]などがそれである。ただし、現在ではあまり用いられない。拝礼(身体的な動作としての参拝)を指す場合には、'''親拝'''と呼称する場合がある。「親拝」とは、代理を介さず直接拝礼することである(「親」とは「みずから」という意味であり、同様の語句として、[[親告罪]]などがある。親拝の対義語は「代拝」である。)。また天皇が[[伊勢神宮|神宮]]や[[天皇陵]]を参拝する場合には'''親謁'''と呼称する(「親謁」は、帝王がみずから宗廟に参拝することを意味する語である。親謁の語は『明史』『新唐書』『隋書』などの中国古典でも用例を確認できる。)。
 
 
 
 
== 関連項目 ==
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