「安岡良亮」の版間の差分

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*[[文政]]8年([[1825年]])4月、土佐藩中村郷士・安岡故五郎の長子として誕生。
*[[文久]]・[[元治]]頃、樋口真吉らと幡多勤王党を組織して国事に奔走。
*[[慶応]]3年([[1867年]])、薩土密約の締結に参画。
*慶応4年([[1868年]])、[[戊辰戦争]]で迅衝隊半隊長、扈従格、小監察として出征。
*[[明治]]2年([[1869年]])、新政府で弾正少忠、弾正大忠。
*明治3年([[1870年]])、集議員判官。
*明治4年([[1871年]])、民部少丞。
*明治4年([[1871年]])8月以降、[[高崎県]]大参事、[[群馬県]]権参事、群馬県参事を歴任。
*明治4年([[1871年]])[[12月18日]]、[[渡会県]]参事に就任。(~明治6年([[1873年]])[[5月3日]])
*明治6年([[1873年]])[[5月30日]])、[[白川県]]権令に就任。
*明治8年([[1875年]])[[12月9日]])、白川県県令に就任。
*明治9年([[1876年]])[[2月22日]])、[[熊本県]]県令に就任。
*明治9年([[1876年]])[[10月24日]]、敬神党([[神風連]])が挙兵、対策会議中に襲撃をうけて重傷。
*明治9年([[1876年]])[[10月27日]]、傷がもとで死去。享年
 
※出典「神風連資料館収蔵品図録」「サムライ古写真帖」など
 
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