「志自岐羽黒神社」の版間の差分

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== 祭神 ==
[[ウカノミタマ|倉稲玉命]]、[[志々伎神社|十城別王命]]を主祭神に、[[菅原道真]]、[[アメノホヒ|天穂日大神]]の2柱を[[配祀]]する。
配祀神の菅原道真と天穂日大神は、郷内の近年社殿が倒壊した同郷の[[天満神社]]の祭神であり、その際[[合祀]]されたと思われる。
[[ファイル:iwaseura-tenman.JPG|170px|thumb|天満神社]]
 
== 歴史 ==
創建年は不詳だが当初「志自岐羽黒権現宮」と称していた。社殿棟札や社記には『再建立年 [[貞享]]甲子([[1684年]])九月』とあり、[[五島藩]][[藩主]]の祈願所として再建されたとある。その経緯より歴代藩主の江戸参勤等の入出府には旅の安全や航海安全の祈願を行っており、その際には7番から12番の[[五島神楽|神楽舞]]も奉納された。また、当社には当時の藩主による祈願文も残されている。[[文久]]4年([[1864年]])の社殿改築の際は全てを公費で賄い、陣頭指揮には藩の寺社奉行、代官を出張させこれに当たらせた。[[明治]]3年(1870年)に「志自岐羽黒神社」に改称し、翌年に[[村社]]に列せられる。同43年([[1910年]])6月25日に、郷内の尾崎神社、稲荷神社、恵比須神社、立岩神社、羽黒神社を合祀する。[[大正]]3年([[1914年]])5月5日に神饌幣帛供進神社に指定され、同11年([[1922年]])9月12日、[[郷社]]に列せられる。
なお、尾崎神社(祭神・[[櫛稲田姫]])はその後、旧来の鎮座地に複祀されている。
[[ファイル:iwaseura-ozaki.JPG|170px|thumb|尾崎神社]]
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*[[稲荷神社]]
*[[八坂神社]]
*[[住吉神社]] ※町内で唯一の住吉神社であり、[[住吉三神]]の内、上筒之男を祀る。
*[[山神神社]]
*[[恵比寿神社]]
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== 参考文献 ==
*荒木文朗著『五島神社誌 昭和18年(復刻版)』、昭和18年荒木文朗編著
 
 
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[[Category:天満宮]]
[[Category:長崎県の旧郷社]]
[[Category:新上五島町]]
[[Category:新上五島町の神社]]
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