「ハイポネックス培地」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Degueulasse (会話 | 投稿記録)
m編集の要約なし
Hate999 (会話 | 投稿記録)
m編集の要約なし
1行目:
'''ハイポネックス培地'''(Hyponex medium)は、植物育成用の[[培地]] (ばいち)の一種。
株式会社ハイポネックス・ジャパンの園芸用配合肥料「微粉ハイポネックス」を無機栄養源として使用する。
実用化までの過程が[[京都大学]] の狩野邦雄により書籍<ref>『ラン科植物の種子形成と無菌培養』(鳥潟博高  編、誠文堂新光社、1976年)</ref>において発表され、Kyoto処方、Kano培地とも呼ばれる。(この書籍が初出文献とされる場合が多いが、ハイポネックスを培地に使用した報告はTsukamoto, Y., K. Kano and T. Katsuura. 1963<ref>『Instant media for orchid seed germination』Tsukamoto, Y., K. Kano and T. Katsuura. A.O.S. Bull.32:354-355, 1963</ref> のほうが古い。海外ではNishimura, 1982が発表者とされている例<ref>『Orchid Seed Germination Media- A comdendium of formulations』(Aaron J.Hicks, Orchid Seedbank Project, 2007)</ref>もある。)
[[ラン科]]植物の[[無菌播種]]用として考案された培地だが、組成に[[植物ホルモン]] などを追加する等、組成修正を加えることで一般植物の[[組織培養]]にも使用できる。
素材の入手・調合が容易で、なおかつ安価であるため、日本国内では植物培養の代表的培地の一つとなっている。
26行目:
;ハイポネックス基本培地(狩野、1976年)
 
:微粉ハイポネックス   3 g
:ショ糖         35 g
:寒天          15 g
:水          1000ml
:pH 5.0前後に調整
 
1:1:[[寒天]]は酸性領域で加熱すると加水分解し、固化が阻害される。発表時の処方ではpHが低いため寒天が多めに添加されているが、中性に近いpH領域では寒天8g程度でも問題なく固化する。好適なpHは植物によって異なるので、pHに応じて寒天の量を調整することが望ましい。(一般には、培地はある程度柔らかいほうが生育は良好になる。)
 
2:2:温帯地域産の[[地生蘭]]など、一部の植物ではハイポネックスおよび[[ショ糖]]の濃度を、基本の2分の1から3分の1にした希釈培地のほうが順調に発育する。
 
;[[デンドロビウム]]無菌播種用(狩野、1976年)
 
:微粉ハイポネックス   3 g
:リンゴジュース    100ml
:ショ糖(総糖濃度で、ジュース中の糖分も含め)  35 g
:寒天          15 g
:水          900ml
:pH 5.0 前後に調整
 
3:3:[[着生蘭]]の多くは実生生育初期に[[ナイアシン]]の生合成系が欠如しており、ナイアシンを培地に添加しないと発育が抑制される<ref>『Niacin biosynthesis in germinating X Laeliocattleya Orchid embryo and young seedling』Amer. J.Bot. 54:291-298,( Arditti, J, 1967) </ref>。その他の有機物の必要性は研究者によって結果が一致していないが、果汁などの天然素材を添加することで著しい生育促進効果が得られる事例は、多くの生産現場において経験的に確認されている。
ただし天然素材は有効成分および含有量が一定でなく、使用材料の差異によって生育差が生じることは避けられない。また同一種でも、個体差や発育段階の違い、あるいは未熟種子と完熟種子では最適な添加物・培地濃度が異なるため、上記の処方内容は絶対的な指標とはなりえない。
また[[ナゴラン]]ではリンゴジュースより柑橘類のジュースのほうが生育良好<ref>『図解ランのバイオ技術』(加古俊治編著、誠文堂新光社、1988年)</ref>であるなど、培養対象によって好適な添加物が異なることが報告されている。培養対象と添加物の組み合わせによっては、添加物を入れることでむしろ生育が阻害される場合もある。
 
4:4:果汁は酸性なので、混入すると寒天の固化を阻害する。そのためアルカリを加えてpHを調整する必要があるが、調整に使用する薬品成分も培地中に追加されてしまう点に留意する。果汁の代わりに、pHに影響を与えにくい [[ジャガイモ]]角切り、 [[バナナ]]果肉角切りなどを培養容器に入れ、煮溶かした培地を注ぎ入れてから滅菌するなどの手法がとられる場合もある。
 
;[[コチョウラン]](Phalaenopsis属)用(市橋、2006年)<ref>『ファレノプシス  栽培と生産』(市橋正一・三位正洋、誠文堂新光社、2006年)</ref>
 
:微粉ハイポネックス   2 g
:硝酸アンモニウム     1 g
:ジャガイモしぼり汁   100g
:ペプトン  2 g
:ショ糖  20 g
:ゲルライト     3 g
:水          900ml
:pH 5.6~6.1 に調整(原注:品種によって好適pHは異なる)
 
5:5:この処方では固化剤として寒天でなくゲルライト([[ゲランガム]])が使用されている。ゲルライトは寒天に比べて透明度が高いため培養対象の観察に適し、不純物が少ないことから培養においても好結果が得られる場合が多いとされる。ただしゲルライトのゲル強度は培地中の2価イオン濃度に比例する(大橋ら、1986)ので、無機塩濃度の低い希釈培地は固化できない。また培養対象が無機塩を吸収すると培地は液化する。ハイポネックス培地では部分的に固化しやすく均一に混じりにくい傾向もある。
 
6:6:コチョウランの場合、微粉ハイポネックス培地では地下部はよく発達するが、地上部の発育が良くない。培地中のアンモニア態窒素、およびアミノ酸等の有機態窒素の比率を高めることで地上部がより発達し、地下部の伸長は抑制される。(以上市橋原注)
なお、培地中の「硝酸態窒素:アンモニア態窒素:アミノ酸等の有機態窒素」の最適混合比・最適濃度は植物によって大きく異なる。アンモニウムイオンは根の伸長を阻害するため、(細菌による分解吸収・土壌吸着などの無い無菌培養下では)培養対象の好適濃度を超えていると、地下部の発達が極端に抑制されたり、枯死する場合もある。
 
7:7:根を形成する以前の幼若なコチョウランでは、ジャガイモを添加する場合には活性炭を加えないほうが生育が良い。ジャガイモの代わりにバナナ(100 g/l)を使用した培地では生育が不良となるが、活性炭を同時添加するとジャガイモ以上の発育促進効果が得られる。<ref>『有機物添加培地への活性炭の添加がPhalaenopsis原塊体の生長に及ぼす影響』  園芸学雑誌、69別1:369、(楠元守、武田恭明、古川仁朗、小泉正、2000年)</ref>
 
;[[スズムシソウ]]無菌播種用(及川、1988年)
 
:微粉ハイポネックス   1. 5 g
:ショ糖         15 g
:寒天        7 g
:バクトトリプトン 0. 5 g
:バナナ         30 g
:ジャガイモ 30 g
:活性炭粉末        1 g
:水(たして全量で) 1000 ml
:pH 5.6~6.4 に調整
: (及川原注:上記にMurashige and Skoog培地用の微量要素、フミン酸  50 mg/l も添加するとよい)
 
8:8:微量要素は、通常は天然素材に含まれる量だけで必要量が満たされる。MS培地用の微量要素は比較的高濃度のため、低濃度の培地に所定量を追加すると、むしろ生育阻害をおこすことがある。<ref>『Studies on the media for orchid seed germination 3.jour.』Japan.Soc.Hort.Sci.47:524-536  (Ichihashi,  S.  1978) </ref>
 
9:9:上記処方では寒天7g7gとなっているが、市販の製菓用寒天などには凝固力がやや劣る商品もあり、8g8g以上添加しないと固化しない場合がある。
 
10:10:元処方ではバナナ、ジャガイモをつぶして混入しているようだが、その場合は培地の粘性が上昇して加熱滅菌中に激しく泡立ち、培養容器の通気フィルターを目詰まりさせて容器が破裂することがある。
これを避けるためバナナ、ジャガイモを角切りにして混入した場合に、生育差が生じるか否かについては報告されていない。
 
11:11:ビタミン、[[アミノ酸]]類、バナナ、ジャガイモなどの有機素材は培地組成との組み合わせによって、あるいは培養する植物種によっては添加により生育を阻害することがある。一例として[[サギソウ]]では有機添加物を加えると生育阻害を生じる系統が多いので、単純な基本培地を使用したほうが失敗が少ない。なお、サギソウでは基本培地の糖濃度のみ10g/lに制限すると、新球根の肥大が良好になるという報告もある。<ref> [http://www.hyogo-c.ed.jp/~sizenkagakubu/522kendaihuzokubio.pdf 『郷土の生物多様性を守るために  オートクレーブを使わない無菌培養技術の開発 』兵庫県立大学附属高等学校自然科学部生物班(外部リンク)]</ref>
 
12:12:複雑な天然有機物を添加した培地では、前述のように活性炭を添加した場合と添加しない場合で、他の成分が同一でも著しい生育差が生じる場合がある。同一種でも品種や系統によって差異が認められるので、培養データの無い品種では組み合わせを変えた培地で比較検討してみることが望ましい。
 
;[[ツレサギソウ]]属  無菌播種用(山本、2010年)<ref>『研究会通信 Vol.4』(野生ラン実生研究会編著、2010年)</ref>
 
:微粉ハイポネックス   1~1. 5 g
:ショ糖         10~15 g
:粉末寒天           8 g
:混合アミノ酸粉末(ビタミンB群、ナイアシン添加)    300 mg
:ジャガイモ5mm5mm角切り  1個/培地5ml(滅菌前に培養瓶に投入)
:活性炭粉末        1 g
:水         1000ml
:pH 6.0 に調整
 
13(13(山本原注):一般には培地用のアミノ酸源として[[ペプトン]]類が使用されることが多いが、この処方では市販の(ネット通販で容易に入手できる)スポーツ選手用のビタミン入りアミノ酸サプリメントで代用している。市販品には代謝に利用されにくいアミノ酸だけを配合した商品や、塩分、糖分などが含まれている場合もあるので、成分表を確認してから使用する必要がある。
 
14:14:培地へのアミノ酸添加の効果については報告例が数多くあるが、対象種によって、あるいは同一種であっても促進的か阻害的か、研究者によって結果は必ずしも一致していない。傾向としては一種類のアミノ酸の単一添加よりも、[[カゼイン]]加水分解物などのアミノ酸複合物のほうが効果的とされている例が多い。単一添加では他のアミノ酸の合成がフィードバック的に抑制されたり、生育段階により異なる種類のアミノ酸が必要になる可能性もある。
 
;欧州産地生蘭・無菌播種用(山本、2010年)
 
:ハイポネックス  ハイグレード・開花促進(窒素0-0-リン酸6―6―カリ4)   14) ml1ml
:ショ糖         10 g10g
:粉末寒天        8 g8g
:混合アミノ酸粉末(ビタミンB群、ナイアシン添加)   300 mg300mg
:ジャガイモ5mm5mm角切り  1個/培地5ml(滅菌前に培養瓶に投入)
:活性炭粉末       1 g1g
:水         1000ml
:pH 7.0 に調整
 
15(15(山本原注):ヨーロッパ産のOrchis属、Ophrys属などの地生蘭の[[無菌播種]]では、培地に硝酸態窒素が含まれていると発芽率が低下する。そこで窒素肥料を含まない液体肥料に、窒素源としてアミノ酸、およびその同化に必要となるビタミン類を加えて作成した処方である。緑化・発葉後には硝酸還元酵素の活性が上昇し、ある程度の硝酸態窒素が存在しているほうが生育が良くなる<ref> [http://www.lidaforsgarden.com/Orchids/engelsk.htm 『Orchid Propagation』ヨーロッパ産地生蘭の無菌培養(英文)(外部リンク)]</ref>とされており、移植培地では「ハイグレード・開花促進」の一部を「ハイグレード・洋ラン」(窒素6-6-リン酸6―6―カリ6)6)に置き換えたほうが生育が良好になる傾向が認められた。しかし育成培地におけるアンモニウムイオン・硝酸イオン・アミノ酸の最適比については十分に検討できていない。植物体が生長してくるにつれ栄養分の吸収速度が上昇し、培地濃度が低下しやすくなるので、生育と共に無機塩および糖濃度を若干上昇させた培地に移植していく。
 
16(16(山本原注):成株がアルカリ土壌を好むため、培地も酸性域にすることを避けているが、最適pHについては検討していない。
 
== 参考文献 ==
<references/>
『図解  野生らんの作り方ふやし方』(石田源次郎、誠文堂新光社、1986年)
 
== 関連項目 ==
132行目:
 
== 外部リンク ==
*[http://members.cox.net/lmlauman/osp/html/mcsg_database.htm 『The Orchid Seedbank Project  培地組成データベース』(英文)]
*[http://www.lidaforsgarden.com/Orchids/engelsk.htm 『Orchid Propagation』ヨーロッパ産地生蘭の無菌培養(英文)]
* [http://www.hyogo-c.ed.jp/~sizenkagakubu/522kendaihuzokubio.pdf 『郷土の生物多様性を守るために:オートクレーブを使わない無菌培養技術の開発 』] - 兵庫県立大学附属高等学校自然科学部生物班
 
{{DEFAULTSORTデフォルトソート:はいほねつくすはいち}}
[[Category:培地|*]]