「ブリオッシュ」の版間の差分

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[[ファイル:Jean-Baptiste Siméon Chardin 028.jpg|thumb|『ブリオッシュのある静物』、[[ジャン・シメオン・シャルダン|シャルダン]]画]]
[[ファイル:Brioche des Rois dsc06781.jpg|thumb|[[トゥーロン]]のブリオッシュ・デ・ロワ]]
[[ファイル:Granita brioche.JPG|thumb|シチリアの[[グラニタ]]とブリオッシュ(ブリオーシャ]]
'''ブリオッシュ'''([[フランス語|仏]]:Brioche)は[[フランス]]の[[菓子パン]]([[ヴィエノワズリー]])の一つ。ブリオーシュとも書く。普通の[[フランスパン]]とは違い、[[水]]の代わりに[[牛乳]]を加え、[[バター]]と[[鶏卵|卵]]を多く使った口当たりの軽い発酵パンの一種である。材料が焼き菓子に近いことから、発酵の過程を要する[[ケーキ]]({{lang-fr-short|gâteau}} 、ガトー)の一種とされることもある。名[[ゲルマン語派|ゲルマン語]]系のbhreg」に由来する、(生地を[[古フランス語麺棒]]で捏ねる」を意味する動詞の古形brier」(現代フランス語 broyer 「すり潰すまたはや英語 break brier破壊すると同語源)から派生したもの
 
'''ブリオッシュ・ア・テト'''(Brioche({{lang|fr|brioche à tête}} 、「頭のあるついたブリオッシュ」)という、[[だるま]]のような形に成形したものが最も一般的であるが、他にも色々な形に成形される。[[プロヴァンス]]地方などでは[[公現祭]]を祝って[[ガレット・デ・ロワ]]の代わりにブリオッシュ生地を用いてブリオッシュ・デ・ロワ(Brioche(brioche des Rois)またはガトー・デ・ロワ(Gâteau(gâteau des Rois)という菓子を作る。「ロワ」とは[[東方の三博士]](les Rois mages)のことで、ブリオッシュ・デ・ロワは普通のブリオッシュよりも大きく、王冠のような環型の生地しており、果物の砂糖漬けの果実などで飾りつける。ブリオッシュ・デ・ロワの「ロワ」(王たち)とはフランス語で「ロワ・マージュ」(rois mages)と呼ばれる[[東方の三博士]]のことである。またブリオッシュの生地は、[[クグロフ]]、[[サヴァラン]]、[[ババ (菓子)|ババ]]などにも応用される。
 
[[シチリア]]ではブリオシャ(brioscia)と呼ばれ、よく[[グラニテ|グラニタ]]と供する。共に食したり、二つったブリオッシュしてグラニタをはさんで食べることもあたりする。
 
発祥は[[16世紀]]の[[オート=ノルマンディー地域圏|ノルマンディー高地地方]]で、当地はバター等の良質の乳製品の産地として有名であった。現代ではブリオッシュを朝食に食べることがあるが、[[中世]]ヨーロッパでは、主食とするパンは小麦粉を水と塩のみで練って作るもので、バターや牛乳、卵の入ったブリオッシュのようなパンは菓子であると考えられていた。[[18世紀]]のフランス王妃[[マリー・アントワネット]]が言ったと伝えられる「[[マリー・アントワネット#「パンがなければ」の発言|パンが食べられないのならお菓子を食べればよいのに]]」の「お菓子」とはこのブリオッシュのことである。
 
== 「パンがなければ、ブリオッシュを食べればいいじゃない」 ==
{{出典の明記|section=1|date=2009年3月}}
フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と、不適切な発言をしたと、しばしば紹介される。原文は、{{lang-fr-short|“Qu'ils mangent de la brioche”}}、直訳すると「彼らはブリオッシュを食べるように」である。
ブリオッシュは現代ではパンの一種の扱いであるが、かつてはお菓子の一種の扱いをされており、バターと卵を普通のパンより多く使った、いわゆる「贅沢なパン」であった
 
発言の主は[[マリー・アントワネット]]とされることが多い。
お菓子ではなくケーキまたはクロワッサンと言ったという変形もある。なおフランスのクロワッサンやコーヒーを飲む習慣は、彼女がオーストリアから嫁いだ時にフランスに伝えられたと言われている。(ルイ16世の叔母である[[ヴィクトワール・ド・フランス|ヴィクトワール王女]]の発言とされることもある)。
 
ただし、これはマリー・アントワネット自身の言葉ではない、ともされている。例えば、[[ジャン=ジャック・ルソー|ルソー]]の『告白』([[1766年]]頃執筆)の第6巻に、ワインを飲むためにパンを探したが見つけられないルソーが、“家臣からの「農民にはパンがありません」との発言に対して「それならブリオッシュを食べればよい」とさる大公人が答えた”ことを思い出したとあり、この記事が有力な原典のひとつであるといわれている。庇護者で愛人でもあったヴァラン夫人とルソーが気まずくなり、マブリ家に家庭教師として出向いていた時代([[1740年]]頃)のことという。
 
[[アルフォンス・カー]]は、[[1843年]]に出版した『悪女たち』の中で、執筆の際にはこの発言は既にマリー・アントワネットのものとして流布していたが、1760年出版のある本に「[[トスカーナ大公国]]の公爵夫人」のものとして紹介されている、と書いている。
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