「ギュンター・グラス」の版間の差分

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== 来歴・人物 ==
ギュンター・グラスは[[自由都市ダンツィヒ|ダンツィヒ]](現[[ポーランド]]領[[グダニスク]])で生まれた。父は[[ドイツ人]]の食料品店主、母は西[[スラヴ人|スラヴ]]系少数民族の[[カシューブ人]]。当時、[[ヴェルサイユ条約]]によりドイツから切り離され、[[国際連盟]]の保護下に形式上独立国だったダンツィヒ[[自由都市|自由市]]で、ドイツと[[ポーランド]]をはじめとする様々な民族の間で育ったことが、その後のグラスの作品に大きく影響することになった。
 
15歳で労働奉仕団・空軍補助兵を勤め、17歳で[[親衛隊 (ナチス)|武装親衛隊]]に入隊した後、敗戦を迎え、米軍捕虜収容所で半年間の捕虜生活を送る。その後、[[デュッセルドルフ]]で彫刻家・石工として生計をたてながら美術学校に通い、詩や戯曲なども書く。[[1958年]]には朗読による作家・批評家同士の作品発表の場「[[47年グループ]]」で才能を認められ、[[1959年]]発表の長編小説『ブリキの太鼓』で一躍有名作家となった。
 
作家・評論家とも活発な交友を持ち、グラスを高く評価した著名人に[[ウーヴェ・ヨーンゾン]]や[[マルセル・ライヒ=ラニツキ]]、[[ハンス・ヨアヒム・シェートリヒ]]などがいる。政治家とも交流が深く、のちのブラント政権で大蔵大臣、経済大臣を兼務したカール・シラーが西ベルリン市経済大臣を務めていた当時(1966([[1966]])に、「税金を追加請求されてしまったのだが、[[西ドイツ]]の記者のインタビューに答えるのは市のためでもあるので、これを労働時間と見なして3年前に遡り、3万マルクを基礎控除してほしい」という私的な請願書を贈ったこともある(朝日新聞社「論座」2007年1月号」)。
 
その作風は非現実的な奇怪さと、詳細なデータに裏付けられた現実性の両方が同居する特異なもので、作品の発表ごとに物議をかもしている。その一方で、[[ドイツ社会民主党]]の応援など積極的な政治活動でも知られている。[[1990年]][[ドイツ再統一]]の時には、「ドイツは文化共同体としてのみ統一をもつべきだ」、と政治的統一には徹頭徹尾反対を唱えたことが大きな議論を呼んだ。1999年には[[ノーベル文学賞]]を受賞した。また[[2002年]]に起こった[[アメリカのアフガニスタン侵攻]]を「文明にふさわしくない」と述べ、武力をもって武力を制するやり方を批判した。
 
[[2006年]][[8月12日]]、17歳の時に[[ドレスデン]]で[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチ党]]の[[親衛隊 (ナチス)|武装親衛隊]]に入隊していた過去を自ら明らかにして大きな波紋を呼んだ(別項「[[ギュンター・グラス#武装親衛隊所属の告白|武装親衛隊所属の告白]]」で後述)。
 
主な作品に、ダンツィヒ三部作といわれる『ブリキの太鼓』『猫と鼠』『犬の年』や、[[フェミニズム]]を料理と歴史から描いた『ひらめ』、[[20世紀]]の百年それぞれに一話ずつの短編を連ねた『私の一世紀』などがある。
 
『蟹の横歩き』(2002年)では、[[1945年]]の「[[ヴィルヘルム・グストロフ号]]事件」を題材にし、同避難船上で生まれた父と、[[ネオナチ]]であるその息子を描いている。現在[[リューベック]]に在住。
== 武装親衛隊所属の告白 ==
[[ファイル:Günter Grass POW record.jpg|right|170px|thumb|[[デア・シュピーゲル|シュピーゲル]]が確認した米軍文書]]
78歳を迎えた2006年8月、自伝的作品『玉ねぎの皮をむきながら』において、第二次世界大戦の敗色の濃い[[1944年]][[11月]]、満17歳でもって志願の許される[[武装親衛隊]](陸軍・海軍・空軍は義務兵役年齢に達していないと入隊できない)<ref>武装親衛隊の出自はもともと[[親衛隊 (ナチス)|親衛隊]] であるが、[[1940年]]に陸軍、海軍、空軍に次ぐ[[ドイツ国防軍|国防軍]]の一員となった。親衛隊そのものとは性格が異なるが、戦後、[[ニュルンベルク裁判]]で親衛隊全体が犯罪組織と認定された。</ref>に入隊、基礎訓練の終了を待って[[1945年]][[2月]]にドイツ国境に迫る[[ソ連軍]]を迎撃する[[第10SS装甲師団]]に配属され、同年[[4月20日]]に負傷するまで戦車の砲手として務めた過去を数ページに渉り記述した。同月11日付け日刊紙[[フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング|フランクフルター・アルゲマイネ]]のインタビューで、この記述が事実と言明<ref>[[フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング|FAZ]].net: ''Günter Grass enthüllt: Ich war Mitglied der Waffen-SS'' (11 Aug 2006) [http://www.faz.net/s/Rub28FC768942F34C5B8297CC6E16FFC8B4/Doc~E4E61DA913E954EAEA41518E564AD5375~ATpl~Ecommon~Scontent.html]<br />FAZ.net: ''Günter Grass im Interview: Warum ich nach sechzig Jahren mein Schweigen breche'' (11 Aug 2006) [http://www.faz.net/s/Rub117C535CDF414415BB243B181B8B60AE/Doc~ED1E99E51572441E696FB0443CA308A56~ATpl~Ecommon~Scontent.html]</ref>。この言明はドイツ国内に大きな波紋を呼び、国際的に広く報道された<ref>『[[朝日新聞]]』2006年8月12日付「ノーベル賞作家グラス氏『ナチ武装親衛隊にいた』と告白」[http://book.asahi.com/news/TKY200608120106.html]<br />『[[読売新聞]]』同年8月12日付「ナチス親衛隊所属を告白 ノーベル賞作家のグラス氏」<br />『[[産経新聞]]』同8月13日「『ナチス親衛隊だった』 独ノーベル賞作家が告白」[http://www.sankei.co.jp/news/060813/kok028.htm]<br />『[[日本経済新聞]]』同8月12日付「ナチス親衛隊所属を告白、ノーベル賞作家のグラス氏」([[共同通信社]]配信)[http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060813AT2M1201J12082006.html]<br />『[[東京新聞]]』同8月14日付「G・グラス氏『親衛隊告白』」<br />[[英国放送協会|BBC]] News: ''Guenter Grass served in Waffen SS'' (11 Aug 2006) [http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4785851.stm]<br />――など各紙が報道</ref>。大手ニュース週刊誌[[デア・シュピーゲル]]も同15日付で、米軍文書からその事実を確認<ref>SPIEGEL exklusiv: ''Grass räumte als Kriegsgefangener Waffen-SS-Mitgliedschaft ein'' [http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/0,1518,431823,00.html](2006年8月15日)</ref>したと報道している。
自伝は注文が殺到したため、公刊予定を前倒しし同16日、ドイツ、[[オーストリア]]、[[スイス]]で出版され<ref>「読売新聞」8月17日付「ナチス告白・グラス氏、自伝を前倒し発売」</ref>たが、ポーランドの元大統領[[レフ・ヴァウェンサ]](レフ・ワレサ)<ref>BBC News: Walesa attacks Grass for SS role (14 Aug 2006) [http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4790369.stm]</ref>や与党[[法と正義]]が名誉市民の称号返上を求め<ref>『東京新聞』同8月14日付「G・グラス氏『親衛隊告白』」</ref>、グラスの出生地グダニスク市から説明要請を受けている<ref>[[CNN]].co.jp: 「ナチ親衛隊の過去告白のグラス氏、グダニスク市に説明」[http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200608240015.html](同8月24日)<br />BBC News: ''Grass admits confession 'mistake' '' (23 Aug 2006) [http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/5277818.stm]</ref>。またドイツのグラビア週刊誌{{仮リンク|シュテルン (雑誌)|de|Stern (Zeitschrift)}}は表紙にグラスの顔写真と親衛隊兵士のイラストを並べ「モラリストの失墜」と見出しを掲載。大衆紙[[ビルト (新聞)|ビルト]]は「ノーベル賞を返還すべきだ」と主張するなどマスコミから強い批判を浴びた。
 
報道によれば、文壇、歴史学者や政界で賛否両論が飛び交ったとされているが、ドイツ国内に於けるテレビ世論調査によれば七割近くはグラスへの信頼を表明<ref>「東京新聞」同8月19日付「『独の良心』 苦悩60年」[http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060819/mng_____kakushin000.shtml]</ref>、主に批判側に回ったのは、グラスが一貫して支持し続けた[[ドイツ社会民主党|社会民主党]]と対立する[[ドイツキリスト教民主同盟|キリスト教民主同盟]]であったとする指摘<ref>前出、東京新聞「『独の良心』 苦悩60年」</ref>も多く、ニュース専門テレビ n-tv の世論調査によれば、ノーベル賞の自主返還すべきだとする意見も三割にとどまっている。
 
戦後60年以上の間、この過去の告白を拒み続けたグラスは、「それでもその重荷は、決して軽減されることはなかった」とその自伝に記し<ref>『読売新聞』同年9月12日付、[[岩淵達治]]「元ナチス武装親衛隊…78歳“最後の告白” グラスの業績傷つかない」</ref>、また、隠していたことを誤りであったと認めている<ref>前出BBC News: ''Grass admits confession 'mistake' ''</ref>。
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