「ウサギ」の版間の差分

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{{otheruses|ウサギ目ウサギ科の動物|その他の「うさぎ」など|うさぎ (曖昧さ回避)}}
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{{生物分類表
|省略 = 哺乳綱
}}
 
'''ウサギ'''('''兎''')は'''[[ウサギ目]]'''に属する草食[[哺乳類]]の総称。<!-- '''ウサギ科'''(-か、Leporidae)は、[[動物|動物界]][[脊索動物|脊索動物門]][[哺乳類|哺乳綱]][[ウサギ目]]に属する科。[[タイプ_(分類学)|模式属]]は[[ノウサギ属]]。 -->ここでは、'''[[ウサギ科]]'''を主に取り上げる。(ウサギ目ナキウサギ科については[[ナキウサギ]]を参照。)
 
== 形態 ==
 
== 文化 ==
* '''子どもたちの仲間として'''
[[画像:White rabbit art color.png|left|100px|]]
ウサギは草食であり肉食獣のようには人を襲わないし、子どもたちと仲良く遊んでくれる動物として、その愛らしい姿はさまざまな形でマスコットとなって人間世界で愛でられてきた。
=== 日本におけるモチーフとしてのウサギ ===
==== 神聖なモチーフ ====
* '''月の象徴として'''
日本には古来より、ウサギが月に棲むという説話が仏教道教説話あるいは民間説話として伝わっている。
 
たとえば仏教的説話を多く題材にとる『今昔物語集』第五巻第十三話「三の獣、菩薩の道を行じ、兎身を焼く語」には、次のような捨身慈悲、滅私献身の象徴としてウサギが描かれる。
 
: 昔むかし、天竺(現在のインドとみなされる)にウサギ・キツネ・サルの三匹の獣があり、ともに熱心に仏教の修行に励んでいた。そこに、今にも倒れそうな見るからにみすぼらしい老人が現れ、養ってくれる家族もなく貧しく食べるものもないと三匹に訴えた。そこで、サルは木に登って木の実をとってきたり、里に出て里人の果物や野菜をかすめてきて老人に与え、キツネは川原へ行って魚をとってきたり、墓に供えてあった餅や飯をかすめてきて老人に与えた。サルは枯れ枝を拾い集め、キツネがそれに火をつけて、食事の支度を始める。その一方で、ウサギは野を駆けずりまわり東西南北あちこちを探し求めたが、老人に与えるものは見つけられず、手ぶらで帰ってくるしかなかった。そんなウサギを見て、サルやキツネそして老人までもが、ウサギを嘲笑し、罵った。しかしウサギは言う。「確かに己には食べ物を奪って持ってくる力はなかった。ですから、この身を焼いてお食べください」と。そう言うがはやいか、ウサギは火の中にとびこんだ。この様子を見ていた老人は、たちまちにして本来の[[帝釈天]]の姿に戻り、すべての生き物たちにこのウサギの善行の姿を見せるために、月の中にウサギを移した。今でも月には煙のような雲影とウサギの姿があるのはそのためである。すべての人が、月を見るたびにこのウサギの行動を思い起こすように。
以上が、「今は昔、天竺に兎・狐・猿、三(みつ)の獣ありて、共に誠の心を発(おこ)して菩薩の道(どう)を行ひけり」に始まり、「万(よろづ)の人、月を見むごとに此の兎の事思ひいづべし」で終わる説話のあらすじである。
 
ウサギは月の化身であり神聖なシンボルとして広く用いられてきたのである。
 
* '''山の神、あるいは山の神の使いとして'''
ウサギを山の神と同一視あるいは山の神の使いや乗り物とする伝承も日本各地に広くみられる。
 
滋賀県高島郡では山の神の祭日には山の神は白いウサギに乗って山を巡る、山の神は白ウサギの姿をしているとされ、京都府愛宕郡では氏神三輪神社境内に祭られる山の神の二月の祭日には白ウサギが稲の種を蒔き、十一月の祭日には白ウサギが稲の落穂を拾うというので、白ウサギは決して獲ってはならないとされている。また、福井県三方郡ではウサギは山の神の使いとされ山の神の祭日に山に入ることの戒めとともに伝わっている。
 
[[ ファイル:20090426吾妻の雪うさぎ.jpg|thumb|200px|吾妻の雪うさぎ]]
また、福島県では[[吾妻小富士|吾妻山]]の斜面の雪解け模様(溶け残った雪が白くある部分)を白いウサギの形に見立て、「雪ウサギ」あるいは「種まきウサギ」と呼んで、これを苗代の種まきの合図とした。福島市には「[[吾妻小富士]]の下の残雪がうさぎ形に見られる頃になると晩霜の心配がない」という天気ことわざもあり、また、日照りの際にトンビにさらわれたウサギが山の神となったという説話が伝わっている。
 
 
=== 欧米におけるモチーフとしてのウサギ ===
* '''春の象徴として'''
[[ゲルマン人|アングロ・サクソン]]の多産と豊穣をつかさどる春の女神[[Ēostre|エオストレ(Eostre)]]は、その化身あるいは使いがウサギである。
 
古来からウサギは洋の東西を問わず女性や子どもと関わりの深い動物であり、転じてこうした男性成人向けのキャラクターとして用いられるようになったのは比較的新しいことであり、他にはあまり例がない。
 
* '''足の速さの象徴として'''
動きの速いものの象徴として使われることもままある。
 
: 出典は『[[孫子 (書物)|孫子]]』九地第11<ref>{{cite wikisource|孫子兵法#.E4.B9.9D.E5.9C.B0.E7.AC.AC.E5.8D.81.E4.B8.80|孫武|zh|nobullet=yes}}</ref>「<cite>{{Lang|zh-tw|是故始如處女 敵人開戶 後如脫兔 敵不及}}</cite>」(始めは処女の如く敵人の戸を開かせ、脱兎の如く素早く攻撃せよ、敵は防御も間に合わない)という兵法。脱兎のごとく、とは素早くの意味。
; 兎角亀毛(とかくきもう)
: 出典は『[[述異記]]』の「<cite>{{Lang|zh-tw|大亀生毛、而兎生角、是甲兵将興之兆}}</cite>(訳:大亀に毛が生えたり、兎に角が生えたりしたら、それは戦乱が起こる兆しである=意味:通常ならば、亀に毛が生えたり兎に角が生えたりすることはないので、戦争などというものは起こらない)」。『述異記』には、亀は千年生きると毛が生え、五千年で神亀、一万年で霊亀と呼ばれるようになるとも記されている。通常であれば亀は千年も生きないので、「兎角亀毛」は起こりうるはずのないことのたとえに使われる。とはいえ、仮にそのように毛の生えた亀がいるとすればそれは長寿・瑞兆の象徴ということであり、日本でも玄武神亀や鶴亀の瑞祥文様には毛の生えた亀の意匠が用いられる。もともとは仏教用語でもあり、現実にはないのにあると錯覚したり実体のないものを貴ぶことを戒める意として「人間は兎角亀毛のごときものである。」(『毘婆沙論(びばしゃろん)』)などのように用いられ、悟りに至る以前の迷いの現世を表す言葉となっている<ref>[http://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000qal.html 兎角]</ref>。
; 兎起鶻落
: 出典は[[蘇軾]]の『文与可の画きし篔簹谷の偃竹の記』。勢いがあるさま。
[[Category:ペット]]
[[Category:モデル生物]]
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[[ar:أرنب]]
[[be:Трусы]]