「杣川」の版間の差分

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== 歴史 ==
文献にみられるのは古く、[[万葉集]]にはこの川の流域のことが書かれている。当時、流域一帯には[[木曾谷|木曽]]の山林にも劣らない鬱蒼とした大美林が広がっていたと伝えられている。河川名の「杣」とは、神社仏閣などの建材となる木材を供給する森林を指す。この付近は[[東大寺]]などの巨大[[木造建築]]のために用いられる木材を供給する[[杣山]]で、明確な場所は定かではないが、現在の甲南町矢川橋付近の川辺に、矢川津といわれる[[川津]]が設けられていた。これは東大寺建立の折、[[造東大寺司]]という役所の下に置かれた甲賀山作所という出先機関付属の川津で、甲賀杣が開かれてからまもなくのことだった。これにより、この川を'''“杣川”'''と呼ぶようになったと考えられている。又、河川名や由来については諸説あり、矢川神社の社号に曰く、古代には水量も豊富で流れが矢のように早かったことから'''「矢川」'''、油日神社の社号に曰く、油日川を本流とすることから'''「油日川」'''などの変遷があった
 
== 流域の自治体 ==
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