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'''アダム・クーパー'''(Adam Cooper, [[1971年]][[7月22日]] - )は、[[イギリス]]・[[ロンドン]]出身の[[バレエ]]ダンサー。
 
== 経歴 ==
5歳のとき、父に連れられて1歳年上の兄サイモン (Simon) と一緒に地元の[[ダンス]]・スクールを見学に行ったのをきっかけにダンスを始める。兄弟はとりわけ[[タップ・ダンス]]に興味を持ち、土曜日のクラスに通い始めたが、そのうち平日のバレエのクラスにも通い始める。
 
兄弟はそれぞれ11歳になると[[バービカン]] (The Barbican) の[[アーツ・エデュケイショナル・スクール]]に入学する。それぞれ16歳でやはり同じ[[ロイヤル・バレエ・スクール]]に進学し、本格的にバレエの勉強を始める。しかしアーツ・エデュケイショナル・スクールはダンス・唱歌・ミュージカル・演劇・演武など舞台パフォーマンス全般を幅広く学ぶ学校であり、幼い頃からバレエ一本に集中してやってきた同級生達とは歴然とした力の差があった。そのことが兄弟にとってはロイヤル・バレエ・スクール在学中、常に劣等感としてつきまとっていた。また在学中、アダムがいわゆる「飛び級」で兄と同じ学年に上がってからは兄弟の仲もギクシャクし始める。[[熊川哲也]]はロイヤル・バレエ・スクールで彼らの同期であった
 
*[[熊川哲也]]はロイヤル・バレエ・スクールで彼らの同期であった。
 
1989年、[[ローザンヌ国際バレエコンクール]]に出場しプロフェッショナル・レベル賞を受賞したアダムは一躍注目を浴び、同年[[ロイヤル・バレエ団]]に入団する。その後1991年にはファースト・アーティストそしてソリストに、1993年にはファースト・ソリスト、1994年にプリンシパルとトントン拍子に昇格する。
 
1995年、[[マシュー・ボーン]]は彼の主宰する[[AMP]]の新作[[白鳥の湖 (マシュー・ボーン)|「白鳥の湖」]]の主役をアダムに打診する。アダムはロイヤル・バレエと二足の草鞋でこの役をこなし、「白鳥の湖」は全世界に大センセーションを巻き起こす。この頃、過密スケジュールのためアダムは一時足を痛めて代役を立てざるを得なくなるが、代役として彼は兄のサイモンを指名する。この頃までに兄弟のわだかまりは解消されていたと思われる。後にサイモンは雑誌のインタビューで「ああそうさ、僕はアダムの兄だとも。それでいいよ」と答えている。
 
*後にサイモンは雑誌のインタビューで「ああそうさ、僕はアダムの兄だとも。それでいいよ」と答えている。
 
ロイヤル・バレエ時代の1994年、同じロイヤル・バレエのソリストだった[[サラ・ウィルドー]]とパートナーを組んだのをきっかけに恋仲になり、同棲を始めた。二人は2000年に結婚する。サラはAMPの[[シンデレラ]]でアダムと共演している。
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