「本願寺鷺森別院」の版間の差分

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'''本願寺鷺森別院'''(ほんがんじさぎのもりべついん)は、[[和歌山県]][[和歌山市]]鷺ノ森にある[[浄土真宗本願寺派]]の[[寺院]]。'''雜賀御坊'''(さいかごぼう)、'''鷺森本願寺'''とも。[[京都市]]にある[[西本願寺]]の別院である。
 
== 歴史 ==
寺はその後永正4年(1507年)に名草郡黒江(海南市黒江)、天文19年(1550年)に[[和歌浦]][[秋葉山 (和歌山県)|弥勒寺山]](和歌山市)、永禄6年(1563年)に雑賀庄鷺森(現在地)に移転した。
 
天正8年から11年([[1580年]]から[[1583年]])には[[織田信長]]との和睦によって[[大坂]]の[[石山本願寺]]から退去した主[[顕如]]が当寺に滞在し、[[浄土真宗]]の本拠地として位置づけられていた。
 
しかし、その後、[[豊臣秀吉]]の[[紀州征伐#秀吉の紀州攻め|紀州征伐]]によって急速に衰退し、[[江戸時代]]には紀州門徒の支援によって、[[明和]]5年([[1768年]])に再興したが、[[第二次世界大戦]]には[[和歌山大空襲]]によって焼失した。現在の建物は[[1948年]]に再建、その後改築されたものである。
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