「酒井忠予」の版間の差分

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| 幕府 = [[江戸幕府]]
| 主君 =
| 藩 = [[出羽国|出羽]][[庄内藩#出羽松山藩|松山藩]]2代藩主
| 氏族 = [[酒井氏#左衛門尉酒井家|左衛門尉酒井家分家]]
| 父母 = 父:[[酒井忠恒 (出羽松山藩主)|酒井忠恒]]、母:吉田主計の娘・正寿院
}}
 
'''酒井 忠予'''(さかい ただやす)は、[[出羽国|出羽]][[庄内藩#出羽松山藩|出羽松山藩]]2代藩主。左衛門尉酒井家分家2代。初代藩主・[[酒井忠恒 (出羽松山藩主)|酒井忠恒]]の長男。
 
明暦3年(1657年)[[8月15日 (旧暦)|8月15日]]生まれ。[[延宝]]3年([[1675年]])、父の死去により跡を継ぐ。[[大坂城]]加番を務めた。藩財政が窮乏化したため、藩財政再建のために俸禄の借上を行なっている。享保17年([[1732年]])[[11月25日 (旧暦)|11月25日]]、養嗣子の[[酒井忠休]]に家督を譲って隠居し、享保20年(1735年)12月16日 (旧暦)に79歳で死去した。長男・忠英は病弱のため廃嫡している。
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