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五段昇段など
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'''島本 亮'''(しまもと りょう、[[1980年]][[5月5日]] - )は、[[棋士 (将棋)|将棋棋士]]。[[棋士 (将棋)#棋士番号|棋士番号]]は247。[[兵庫県]][[神戸市]]出身。[[小林健二 (将棋棋士)|小林健二]]九段門下。
 
== 棋歴 ==
アマチュア時代の1991年に、第16回[[小学生名人戦]]で全国大会進場し、本戦2回戦で後に同じくプロとなる[[村田智弘]](本大会で3位)に敗れる。同年ジュニア将棋選手権近畿大会・小学生の部にも出場し、村田を破り3位。1993年には第14回中学選抜将棋大会で3位となり、同年9月に[[新進棋士奨励会|奨励会]]に6級で入会。
 
2000年度前期より奨励会三段リーグに参加。大混戦となった2002年度後期三段リーグで、12勝6敗(うち1勝は不戦勝)という成績でありながら1位となり、四段昇段を果たした<ref>[http://www.shogi.or.jp/kisen/shourei/sandan/32/index.html 第32期奨励会三段リーグ]</ref>。それまでの過去5期では全て7勝11敗以下の成績だった。特に、3期目の平成13年前期では4勝14敗で降段点を喫している。このため、三段リーグでの通算成績は41勝67敗・勝率3割8分という四段昇段者としては非常に珍しい低さであった。
2000年度前期より[[三段リーグ]]に参加。
 
初参戦の第62期(2003年度)C級2組[[順位戦]]で初戦から5連敗し、3勝7敗で早々に[[順位戦#降級点|降級点]]を喫する。以降、7勝3敗の年もあったが昇級争いに絡めず、第69期(2010年度)には2勝8敗で降級点累積2点となる。
大混戦となった2002年度後期三段リーグで、12勝6敗(うち1勝は不戦勝)という成績でありながら1位となり、四段昇段を果たした<ref>[http://www.shogi.or.jp/kisen/shourei/sandan/32/index.html 第32期奨励会三段リーグ]</ref>。それまでの過去5期では全て7勝11敗以下の成績だった。特に、3期目の平成13年前期では4勝14敗で降段点を喫している。このため、三段リーグでの通算成績は41勝67敗・勝率3割8分という四段昇段者としては非常に珍しい低さであった。
 
[[竜王戦]]では、2005~06年度・第19期(2006年度)6組において昇級者決定戦を勝ち抜き5組に昇級。このとき破った相手の中には[[広瀬章人]]もいる。しかし翌期にランキング戦第1回戦・昇級者決定戦第1回戦・残留決定戦と連敗し、1期で6組に戻ってしまった
2003年度・第62期[[順位戦]]に初参戦、1回戦から5連敗と出端を挫かれ早々に[[順位戦#降級点|降級点]]を喫してしまった。
 
[[2011年]][[7月12日]]、第70期C級2組順位戦2回戦で通算100勝を挙げ、31歳で五段に到達。対局相手は前述の村田智弘であった。
[[竜王戦]]では、2005~06年度・第19期において昇級者決定戦を勝ち抜き5組に昇級。しかし翌期にランキング戦第1回戦・昇級者決定戦第1回戦・残留決定戦と連敗し、1期で6組に戻ってしまった。
<!---棋王戦は現在進行中
 
棋戦本戦への初出場は第37期(2011(2011)度)[[棋王戦]]において、予選で若手有望株の[[澤田真吾]]・[[村山慈明]]を破っての快挙であったり本戦出場
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==棋風==
2006年9月に[[毎日コミュニケーションズ]]より'''「神戸発 珍戦法で行こう」'''(ISBN4-8399-2157-1)という奇襲を主旨とした棋書を出しており、定跡にとらわれない乱戦を好む傾向がある。
 
== 人物 ==
*アマチュアとの交流が深く、普及活動に熱心である。
 
==昇段履歴==
昇段規定は、''[[将棋の段級]]'' を参照。
*[[1993年]]9月 6級 = [[新進棋士奨励会|奨励会]]入会
*[[1997年]]5月 初段
*[[2000年]]3月 三段 = 2000年度前期より三段リーグに参加。
*[[2003年]][[4月1日]] 四段 = プロ入り
*[[2011年]][[7月12日]] 五段(四段昇段後通算100勝)
 
==主な成績==
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{{将棋順位戦}}
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[[Category:将棋棋士]]
[[Category:神戸市出身の人物]]