「河東の乱」の版間の差分

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'''河東の乱'''(かとうのらん)とは、[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[天文 (日本)|天文]]5年([[1536年]])から天文14年([[1545年]])までの間に、[[駿河国]]([[静岡県]]中部および東部)で起こった駿河の[[今川氏]]と[[相模国]]の[[後北条氏|北条氏]]との戦いである。「河東」は争奪の対象となった[[富士川]]以東の地域を意味する。'''河東一乱'''とも呼ばれる。
 
戦国時代に武田家、今川家、北條家の三国が隣接していた富士川から黄瀬川までの一帯を三家は河東郡と呼称したのが始まりだが、実際には河東郡という郡は存在せず、当事者である三家が勝手に必要上呼称していただけである。
 
== 第1次河東一乱 ==
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