「クラーク・アシュトン・スミス」の版間の差分

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1937年にラヴクラフトと父が相次いで亡くなった頃を機に小説の執筆は減り、代わって1934年頃始めた彫刻に熱を入れ始め、約200の作品を作った。彫刻作品には、[[ハイパーボリア (クトゥルフ神話)|ハイパーボリア]]やゾティークの世界と結びついたものもあったが、絵画や彫刻は商業的に成功することはなかった。1942年には[[オーガスト・ダーレス]]の手によって最初の短編集『時空の外に (''Out of Space and Time'')』をアーカム・ハウス社から出版。同社からは短編集4冊と詩集2冊が出版された。
 
1954年に結婚してパシフィック・グローブに移り、庭師として働きながら絵や彫刻にいそしみ、詩や小説の執筆は無くなる。1961年に死去。遺された文書は[[ブラウン大学]]のジョン・ヘイ図書館に寄贈された。
 
== 作品 ==
連作ものとして、超未来の大陸ゾティーク、[[ギリシャ神話]]を基にした古代の大陸ハイパーボレア、[[アトランティス]](ポセイドニス)もの、中世フランスを舞台にするアヴェロワーニュ(''Averoigne'')などがあり、他に[[ムー大陸]]や[[レムリア]]を扱った作品もある。1929年9月からの4か月に、アトランティス連作の第一作「最後の呪文」、アヴェロワーニュの第一作「物語の結末」、ハイパーボリアの第一作「サタムプラ・ゼイロスの話」が書かれている。この頃から「黒の書」(''The Black Book'')と呼ばれる黒革の手帳に小説の構想や覚書を書きとめていたことが知られており、1979年に翻刻された。
 
1950年代になってダイジェストサイズの雑誌でスミスの作品が再録されるようになり、スミスの名文家としての名声は高まった。ラブクラフトやハワードとの親交も厚く、『魔神ツァソグアの神殿』や『魔道士エイボン』、『ウボ=サスラ』などの[[クトゥルフ神話]]作品も執筆している。ベックフォードの影響による、性愛を基調とする極めて視覚的な耽美世界を創出した。