「神道霊学 (神道天行居)」の版間の差分

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== 近代の[[天皇]]を中心とする政治体制下の霊学 ==
「神道霊学」の語の使用は(時期は明治期らしい){{要出典|date=2007年1月以前}}欧米の[[心霊学]]([[スビリチュアリズム]])の書の翻訳<!--書名、翻訳者を年表にも記述して下さい。1915(大正4)年の『心霊学講話』(デゼルチス著、高橋五郎訳)以前の明治の物を-->においてであるらしい。19C西洋から輸入された心霊学の思想に注目したのは[[大本教]]の[[浅野和三郎]]や[[谷口雅春]]などであった可能性もあるらしい。<!--両者が飜訳を読んだとすれば、注目者はその翻訳者。或いは思想の輸入者-->二人は後に(時期は不明だが)[[大本教]]を脱退し、浅野は西洋の霊学と東洋の神霊学を(時期は不明だが)融合し、独自の[[宗教団体]]・[[日本心霊科学協会]]を、谷口は西洋の<!--「光明思想」を西洋のものとする根拠は?この記述は訂正がなされないので以下に注を付ける。--><ref>[[光明思想]]は米国のものであるが、神道霊学では西洋のもの、あるいは米国は西洋に存在すると考えられている可能性がある。[[光明思想]]参照。</ref>[[光明思想]]を取り入れた[[生長の家]]を(時期は不明だが)設立した。同じころ、[[大本教]]の信奉者であった[[友清歓真]]も脱退して[[山口県]][[田布施]]に一派をおこしたらしい<!--時期不明の事項。歴史叙述不能。-->。<!--神道霊学の研究中に、日本古来の儀式鎮魂・帰神法に着眼し、敷衍する事によって「[[心霊学]]」「[[言霊学]]」などに影響を受け、後にそれらの教義の普及に努めた。●指示語「それら」の指すのが「儀式鎮魂・帰神法」ならば「教義」という表現は不審-->[[神秘思想]]の系譜をこれらの三人の霊学者達が書籍などを通じて世に広めたものが神道霊学の自覚的確立であるとする説もあるらしい(異説は前述)。{{要出典|date=2007年1月以前}}<br/>
[[天皇]]はいわばそのお家元の代表者でもあり、日本の文化・伝統の継承者であり、125代にわたる[[皇室]]はこの国の伝統、文化そのものであり、その皇室の[[皇位継承]]の証しとして世々天皇に授けられる[[三種の神器]]を重要なものである、と神道霊学は主張しているらしい。{{要出典|date=2007年1月以前}}<!--ここに記された理路で「三種の神器」の重要性を最初に述べた人物とその媒体(書名など)--><br/>
また、皇位継承は人類に対する政治的統治と精神的(霊的)統治とが同時に行われることによって成立し、一方が欠けても成り立たない{{要出典|date=2007年1月以前}}として、皇室による統治の必要性を主張しているらしい。<br/>
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