「ベス・トルーマン」の版間の差分

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エリザベスは前任者の[[エレノア・ルーズベルト]]と比較された。ルーズベルト夫人と異なり彼女は、女性雑誌から多くの申し込みの後に一度だけ記者会見を開催した。記者会見では多くの質問が先立って提出されたが、そのほとんどが「ノー・コメント」の回答であった。エリザベスは娘のマーガレットに大統領になってほしいかとの質問には「あり得ない」と答えた。大統領が退任した後何をしたいかとの質問には「インディペンデンスに帰る」と答えた。しかしながら彼女は[[1953年]]の後、ワシントンに住むという考えも抱いていた。
 
== 後年 ==
トルーマン一家は1953年にインディペンデンスに戻り、ノース・デラウェア街219にある自宅での生活を再開した。トルーマンは自らの図書館を建造し、回想録の執筆に取り組んだ。エリザベスは[[1959年]]に乳房切除手術を受ける。トルーマンは「彼女は、バスケットボール大の腫瘍を持っていた」と語り、エリザベスは死を覚悟した。腫瘍は結局良性のものであった。
 
{{先代次代|アメリカのファーストレディ|1945 - 1953|[[エレノア・ルーズベルト]]|[[マミー・アイゼンハワー]]}}
 
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