「ソビエト連邦の崩壊」の版間の差分

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'''ソ連崩壊'''(ソれんほうかい、{{lang-ru-short|Распад СССР}})とは、[[1991年]][[12月25日]]に[[ソビエト連邦]](ソ連)[[大統領]][[ミハイル・ゴルバチョフ]]が辞任し、これを受けて各[[ソビエト連邦構成共和国|連邦構成共和国]]が[[主権国家]]として[[独立]]したことに伴い、ソビエト連邦が解体され崩壊した出来事である。
 
== ==
[[1917年]][[11月7日]]の[[ロシア革命]]([[十月革命]])により成立した[[ソビエト連邦]]は、[[第二次世界大戦]]後には[[アメリカ合衆国]]に伍する[[超大国]]として君臨したが、74年後の[[1991年]][[12月31日|末日]]で崩壊した。そして、[[1992年]][[1月1日|元日]]、[[ロシア連邦]]が成立した。
 
1991年[[8月19日]]、守旧派の党官僚による[[ソ連8月クーデター]]の失敗は、ソビエト連邦と[[ソビエト連邦共産党]]の崩壊を決定的にした。8・19クーデターでは、モスクワ市民は、[[チェーカー]]([[ソ連国家保安委員会|KGB]]の前身)の設立者である[[フェリックス・ジェルジンスキー]]の銅像を引き倒した<ref>読売報道写真集1992 107頁</ref>。[[クリミア]]での[[軟禁]]を解かれたゴルバチョフは、直ちにソ連共産党の活動停止を指示した。こうして、[[1898年]]に「[[ロシア社会民主労働党]]」という名称で設立され、世界最初の[[共産主義]]政権を打ち立て、全世界の共産主義政党をリードしたソ連共産党は、ついに廃止された。ゴルバチョフの求心力は決定的に失墜し、代わって反クーデター運動をリードした[[ボリス・エリツィン]]が、新生ロシアのリーダーとしてその存在感を大きなものにしつつあった。
 
== 独立国家共同体の設立 ==
8・19クーデター終結後、[[ウクライナ]]もソビエト連邦からの離脱を国民投票で決定し、[[12月8日]]に急遽行われた[[ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国|ロシア共和国]]、[[ベラルーシ|白ロシア]]、ウクライナの代表者による秘密会議において[[ベロヴェーシ合意]]が宣言され、3ヶ国のソビエト連邦からの離脱と[[欧州連合|EU]]と同レベルの国家の[[共同体]]の創設が確認された。その後の[[12月21日]]、ロシア共和国を初めとした12共和国によって、ソビエト連邦に代わる新しい枠組みとして[[独立国家共同体]](CIS)が設立されたことで、ソビエト連邦はその存在意義を完全に喪失した。
 
 
== 世界への影響 ==
=== 西側諸国の容共政党の混乱 ===
かつてソビエト連邦は「[[労働者の祖国]]」と呼ばれたが、実態は正反対であり、労働者はもとより国民の自由が暴力で抑圧された[[全体主義]]国家であった。
 
<!--(コメントアウト、この記事中で語る必要もあまり感じられない) 1967年10月25日付のソ連共産党中央委員会国際部のウリヤノフスキー副部長が署名した中央委員会あての報告書によると「日本社会党指導部がソ連共産党指導部に対し日本社会党に経済援助を与えるよう要請してきた。このことの具体化を図るため日本社会党の当時の財務委員長の原茂らがモスクワを訪れた。彼らによれば日本社会党が陥っている財政危機(負債8億円)について語られた」。その後の細かいやりとりも経てソ連共産党国際部が出した結論は「日本社会党が果たしている日ソ関係での重要な役割を考慮してこの計画(資金援助)に全面的な援助を与える」というものだった。あからさまな内政干渉であるためさすがに実際には国際公党間の直接の資金援助(収受)はできないと考えた双方はソ連外国貿易省と日本社会党と結びついた貿易商社を使っていわば「裏ルート」で秘密裏に資金の援助(収受)を行った。ソ連共産党が日本国内における「親ソ連派」との強化連携を図るうえで日本社会党との利害関係が一致していた。その翌年に起きたソ連のチェコスロバキアへの侵略行為にたいして、日本社会党が全面的にソ連擁護の論陣を張った。こうした事実もクレムリンの秘密文書が明るみにでてすべて明白になった。-->
 
=== アメリカ合衆国による一極支配 ===
[[アメリカ合衆国]]と唯一互角に戦えると思われていた二大超大国の一つであるソビエト連邦の崩壊によって、アメリカ合衆国は事実上唯一の[[超大国]]となり、「[[一極体制|一極支配]]」と呼ばれる時代が始まった。
 
=== ヨーロッパ ===
{{see also|東欧革命#脱共産化}}
 
又、脱共産化を推進した東ヨーロッパ諸国は、ソビエト連邦による圧制を記憶し、共産党時代と決別することを目的として、[[ソビエト連邦の国旗]]と国章である「[[鎌と槌|鎌と鎚]]」の禁止に乗り出している。
 
=== アジア ===
ソビエト連邦の崩壊により、[[中華人民共和国]]が名実ともに世界の[[共産主義]]国家のリーダーになった。すると、[[ベトナム]]と[[アメリカ合衆国]]が接近し、[[1995年]][[8月5日]]に[[ベトナム戦争#和解|和解]]を達成した。[[台湾]]([[中華民国]])では、1980年代後半の[[ペレストロイカ]]と[[東欧革命]]に刺激された民主化政策が進展し、[[1996年]][[3月23日]]には[[中国国民党|国民党]]による[[一党独裁制|一党支配]]が撤廃され、[[総統民選期の中華民国|大統領制が施行された]]。
 
== 脚注 ==
<div class="references-small"><references /></div>
== 参考書 ==
*Revolution 1989, The fall of the Soviet Empire, Victor Sebestyen, Phenix, London, 2009, ISBN 978-0-7538-2709-3
*東欧革命 1989 ソ連帝国の崩壊 ヴィクター・セベスチェン著 三浦元博 山崎博康訳 白水社 ISBN 978-4-560-08035-1
 
==関連項目 参考文献 ==
* Revolution 1989, The fall of the Soviet Empire, Victor Sebestyen, Phenix, London, 2009, ISBN 978-0-7538-2709-3
*[[ソビエト連邦]]
* 東欧革命 1989 ソ連帝国の崩壊 ヴィクター・セベスチェン著 三浦元博 山崎博康訳 白水社 ISBN 978-4-560-08035-1
*[[ロシアの歴史]]
 
*[[現代 (時代区分)]]
== 関連項目 ==
*[[歴史の終わり]]
* [[ソビエト連邦]]
*[[東ヨーロッパ]]
* [[ロシアの歴史]]
*[[独立国家共同体]]
* [[現代 (時代区分)]]
*[[非共産化]]
* [[共産主義歴史の終わり]]
* [[反共主義東ヨーロッパ]]
* [[独立国家共同体]]
* [[非共産化]]
{{* [[共産主義}}]]
* [[反共主義]]
 
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{{共産主義}}
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