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==来歴・人物==
=== 誕生・デビュー ===
[[東京市]][[浅草区]]諏訪町(現、[[台東区]][[駒形]])生まれ。
[[東京市]][[浅草区]]諏訪町(現、[[台東区]][[駒形]])生まれ。[[1924年]](大正13年)、舞台協会の『その妹』に病気の姉の代役で出演<ref name="映画"/>。この年[[国際活映]]に入社するが間もなく解散したため姉、松井千枝子と共に[[松竹蒲田撮影所]]に入社、「松井潤子」と名乗り、『大地は微笑む』でデビュー<ref name="映画"/>。[[1926年]](大正15年)、4社競作の『悲恋心中ヶ丘』の主演に抜擢される<ref name="映画"/>。[[1927年]](昭和2年)7月に準幹部女優に昇進。この年、姉の千枝子が脚本、主演した『哀愁の湖』にも出演している。現代劇の[[モボ・モガ|モダンガール]]役が多かった。[[1929年]](昭和4年)4月に千枝子が死去する。
 
[[1924年]](大正13年)、[[東京都立白鴎高等学校・附属中学校|第一高等女学校]]卒業を前にして、病気の姉の代役で舞台協会の『その妹』に出演<ref name="映画"/>。卒業後「松井きよみ」として[[芸術座 (劇団)|芸術座]]の舞台に立った後、[[国際活映]]に「松井清美」の芸名で入社するが間もなく解散したため姉、松井千枝子と共に[[松竹蒲田撮影所]]に入社。「松井潤子」と名乗り、『大地は微笑む』に端役で出演<ref name="映画"/>。
 
[[1926年]](大正15年)、4社競作の『悲恋心中ヶ丘』のヒロインに抜擢される<ref name="映画"/>。[[1927年]](昭和2年)7月に準幹部女優に昇進<ref name="映画"/>。この年、千枝子が脚本、主演した『哀愁の湖』にも出演している。役柄は現代劇の[[モボ・モガ|モダンガール]]が多かった。
 
=== 脇役・結婚へ ===