「戴震」の版間の差分

編集の要約なし
m (r2.7.1) (ロボットによる 追加: pl:Dai Zhen)
戴震は清代考証学を大成させたといわれる。そのためには「他人の見解」と「自分の見解」にとらわれないという態度と、最後まで信じられる根拠がなければ聖人君父の言葉であろうと信じないという決断を必要とした。「十分の見」と「不十分の見」、つまり論理一貫し疑問の余地を残さない定理と、伝聞や推論にのみ基づく仮説を区別するという方法は近代実証学の始まりといえる。戴震がもっとも集中して研究したのは小学・暦算・水地(地理)であった。『[[四庫全書]]』における天算(暦)に関わる提要はすべて戴震の手になるものである。
 
戴震の方法をもっともよく伝えたのは、[[段玉裁]]・[[王念孫]]・[[王引之]](念孫の子)であり、世に戴・段・二王と称された。これらの人々は宋学に関しては議論せず、政治をあつかわず、考証のための考証を行ったとみなされている。当時の学者で高官となったものでは紀昀・[[王昶 (清)|王昶]]・[[畢沅]]・[[阮元]]らが、戴震の影響を受けた。
 
戴震がその精髄は'''『孟子字義疏証』にある。邦訳は安田二郎ほか『戴震集』<中国文明選8>[[朝日新聞社]]刊'''
58,075

回編集