「歓喜力行団」の版間の差分

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[[ファイル:Bundesarchiv Bild 146-1974-121-28A, KdF-Betriebssport.jpg|thumb|200px|right|歓喜力行団のスポーツクラブ]]
[[ファイル:ProraSeeseite.jpg|thumb|200px|right|[[リューゲン島]]の[[プローラ]]に建設された巨大な保養施設]]
歓喜力行団は娯楽の「喜び」を通じて労働の「力」を回復させるための党組織で、[[1933年]]より音楽コンサートや日帰り旅行、リゾート地やクルーズ船での保養など、それまで労働者階級には手が届かなかったような中産階級的レジャー活動を広く国民全体に提供した。[[バルト海]]の[[リューゲン島]]の砂浜にある巨大な保養施設[[プローラ]]や、数多くの大型クルーズ船(特に[[ヴィルヘルム・グストロフ号]])いわゆるKdF-Schiff)はその好例である。
 
歓喜力行団はただのレジャー・娯楽組織ではない。歓喜力行団の究極の目的は、余暇活動を上流階級から下流階級まであらゆる大衆に格差なく提供し、[[階級]]ごとに分断されたドイツ人を[[階級闘争|階級対立]]のないひとつの「'''[[民族共同体]]'''」にまとめる橋渡しをすることであった。また「生の喜び」を肯定する余暇、スポーツ、演奏会、祭典などの機会を国民に提供することで、ナチスの理想とする力強さや美しさといった共同体の理念や存在を大衆に全身で理解させ信じさせようというものだった。
 
[[ファイル:Bundesarchiv Bild 183Bundesarchiv_Bild_147-L122071215, Lazarettschiff _Kdf-Schiff_"Wilhelm GustloffRobert_Ley".jpgjpg‎|thumb|left|歓喜力行団のクルーズ客船[[ヴィ「ロベヘルム・グスロフ号]]・ライ」]]
国民的余暇組織のアイデアは[[イタリア]]の[[ファシスト党]]の'''ドーポラボーロ'''(Dopolavoro、正式名称:全国余暇事業団 Opera nazionale dopolavoro、「仕事の後の余暇」を通じて労働者を[[ファシズム]]に親しませる組織)から借りたが、歓喜力行団はその活動を職場単位にまで拡張した。歓喜力行団は提供する活動を増やし、大衆の人気を博してドイツ最大級の組織となった。[[1939年]]までに7,000人の職員と135,000人の[[ボランティア]]が歓喜力行団のために働き、スポーツ、[[生涯学習]]、旅行、夕べの催しなどを管轄する部局に分かれていた。20人以上の労働者のいる工場にはすべて歓喜力行団の委員がいた。ある推計では、1939年までに2500万人以上が活動に参加したとされている。歓喜力行団は[[1939年]]にこれらの国民的活動をたたえられ、[[国際オリンピック委員会]]からオリンピック・カップを贈られた<ref>http://www.olympic-museum.de/awards/olympic_cup.htm</ref>。
 
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