「重仁親王」の版間の差分

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乱後、崇徳上皇は[[讃岐国]]に流罪になり、重仁親王は[[仁和寺]]に入り出家した。[[寛暁]]大僧正のもとで仏道に励んだが、[[1162年]]に足の病により死去した。
 
 
[[category:平安時代の人物|しけひとしんのう]]
[[category:日本の皇族|しけひとしんのう]]
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