「ウィリアム・ルブルック」の版間の差分

m
項目の整理
m (r2.6.4) (ロボットによる 追加: kk:Рубрук Виллем)
m (項目の整理)
'''ウィリアム・ルブルック'''('''Guillaume de Rubrouck'''、[[1220年]]? - [[1293年]]?)は、[[フランス王国|フランス]]の[[フランシスコ会]]修道士。読みはギヨーム・リュブリキとも。1253年にフランス国王[[ルイ9世 (フランス王)|ルイ9世]]の命を受けて、翌年[[モンゴル帝国]]の都[[カラコルム]]を訪れ、[[モンケ|モンケ・ハン]](憲宗)に謁見した。その時の見聞にもとづき、[[モンゴル]]・[[中央アジア]]各地の地理・風俗・宗教・言語などを伝える貴重な旅行記「東方諸国旅行記」を書き残した。
 
==概要==
ルブルックは、1253年に[[コンスタンティノープル]]を発ち、南ロシアから「[[草原の道]]」を経て翌1254年にカラコルムに到着し、モンケ・ハンへの謁見を果たした。
 
52

回編集