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[[1943年]](昭和18年)、幸四郎の弁慶、[[尾上菊五郎 (6代目)|六代目尾上菊五郎]]の[[源義経|義経]]、[[市村羽左衛門 (15代目)|十五代目市村羽左衛門]]の[[富樫泰家|富樫]]で歌舞伎座で上演された『勧進帳』は記録映画に残されている。
 
[[岡鬼太郎]]が「風貌音声の堂々たる、先づ当代での随一。誰がどの件で立ち向はうと、此の金城鉄壁には矢も立たぬ」(「演芸画報」昭和71212月号)と評したほど、七代目幸四郎の弁慶は近代随一のものだった。
 
そのほか『[[大森彦七]]』や『[[矢の根]]』の曾我五郎、『暫』の鎌倉権五郎、『[[菅原伝授手習鑑]]・車引』の梅王、『[[源平魁躑躅]]』(扇屋熊谷)の[[熊谷直実|熊谷次郎]]、『博多小女郎波枕』(毛剃)の毛剃、舞踊では『[[積恋雪関扉]]』(関の扉)の[[大伴黒主]]、『茨木』の[[渡辺綱]]<!--、『素襖落』-->などが当り役である。
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