「D-10 100mm戦車砲」の版間の差分

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このことから、[[:ru:Уральский_завод_тяжёлого_машиностроения|国営第9ウラル重機械工具製造所(OKB No.9 UZTM)]]の[[:ru:Петров,_Фёдор_Фёдорович|ペトロフ]]技師の設計チームは、100mm砲を搭載した[[SU-100 (自走砲)|SU-100]]対戦車自走砲の開発に着手した。
 
主砲としては、海軍の[[:B-34 {{仮リンク|56口径100mm艦載砲|ru:|100-мм корабельная пушка образца 1940 года (Б-34)|B-34 56口径100mm艦載砲]]}}を元に車載化したS-34と、[[M-60 107mm野砲]]を元に100mm口径に改設計したものの2機種が候補とされ、1943年9月には、両者を[[ML-20 152mm榴弾砲]]の砲架に搭載しての試射が行なわれた。1943年12月27日には、[[ソ連国家防衛委員会]](GKO)はさらに[[重戦車]]に対しても100mm砲を搭載するように下令した。これに応じて、S-34を搭載した重戦車として開発されたのが[[IS-1|JS-100]]重戦車であったが、砲の設計上、砲塔内の配置に問題が生じた。また、本来搭載すべきものとして開発されていたSU-100においても、S-34を搭載した場合、幅の関係で乗員が出入り可能な車体前方ハッチが取り付けられないことが判明した。
 
このことから、より小型・軽量の100mm砲として開発されたのがD-10Sである。D-10Sは53.5口径長の長砲身により895m/秒という高初速を実現しており、[[V号戦車パンター]]の[[7.5 cm KwK 42]]や[[ティーガーI]]の[[8.8 cm FlaK 18/36/37|8.8 cm KwK 36]]を大きく優越する火力を実現したが、[[ティーガーII]]戦車の[[8.8 cm PaK 43|8.8 cm KwK 43]]と比べるとやや劣るものであった。