「父の終焉日記」の版間の差分

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一茶の直筆の草稿は、[[寛政]]12年([[1800年]])刊の天地庵我泉の歳旦帳の裏面に書かれたもので、一茶の門人の[[久保田春耕]]の子孫に伝えられ、[[一茶ゆかりの里 一茶館]]([[長野県]][[高山村 (長野県)|高山村]])で保存、公開されている。
== 内容 ==
==== 日記本文 ====
享和元年(1801)夏、父弥五兵衛の発病から、臨終、葬儀、初七日までの三十余日間の日記。4月23日、農作業中に倒れた父は26日、隣村の医師により傷寒と診断された。29日父は、枕元に一茶と弟仙六を呼び財産を半分にして分与することを伝えた。弟は父の言葉に反対しいさかいとなった。5月2日父の病状が急変するが母は見向きもしない。・・・父ありてあけぼの見たし青田原
 
==== 日記別記 ====
幼少時代を追想した短文
==== 日記書入 ====
「本文」「別記」の前後や欄外に記された雑記類
 
== 文献 ==
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*小林一茶著、[[黄色瑞華]]訳『現代語訳 おらが春・父の終焉日記』(高文堂出版、1987年)
*小林一茶『父の終焉日記・おらが春』(岩波文庫、1992年)
*[[矢羽勝幸]]『小林一茶ー人と文学ー』(勉誠出版、2004年)
 
== 外部リンク ==