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1936年にモニスと同僚のアルメイダ・リマ (Almeida Lima) は当時既に知覚を脳に伝える部分として知られていた視床と、当時既に知性と感情をつかさどる部分とされていた皮質に繋がる神経繊維を外科手術で切断することに世界で初めて成功する。この手術はそれから10年程で世界で広く行なわれるようになった。モニスの方法をアメリカのW・フリーマンとJ・W・ワッツが改良し、前部前頭葉白質切截法(ロボトミー)として確立した。それによりモニスは世界で広く知られ、名声はノーベル賞受賞という形で最高潮に達する。
 
ロボトミーは主に[[統合失調症]]の治療に用いられたが、手術により死亡する患者も少なくなった。たとえ生還しても人間の本能的なものを不可逆的に奪う深刻な副作用をもたらすが伴うことが問題視されて、エガス・モニスのノーベル賞取り消しを求める社会運動が始まり、[[1975年]]までにはまったく行なわれなくなる。現在では悪評の高い手術となっており、薬物療法が一般的となっている。
 
65歳のとき、自分の患者が放った銃弾が脊髄に命中して身体障害者になった。[[1955年]]ポルトガルの[[リスボン]]で死去した。
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