「アルブレヒト2世 (バイエルン公)」の版間の差分

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[[シュトラウビング]]に居住して内政に専念する一方、[[シュヴァーベン都市同盟]]と[[ザルツブルク大司教]]の争いに介入、父と兄の[[ヴィルヘルム2世 (バイエルン公)|ヴィルヘルム2世]]の元にも出向いている。[[1397年]]、シュトラウビングへ戻る途中に[[ケルハイム]]で死去。シュトラウビング領は父の単独統治となり、その死後は兄が相続した。
 
{{先代次代|[[バイエルン=シュトラウビング|下バイエルン=シュトラウビング]][[バイエルン大公|公]]|1387年 - 1397年<br /><small>[[アルブレヒト1世 (バイエルン公)|アルブレヒト1世]]と共同統治</small>|[[アルブレヒト1世 (バイエルン公)|アルブレヒト1世]]|アルブレヒト1世}}
 
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