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{{出典の明記|date=2009年10月}}
{{Battlebox
| battle_name=K作戦
| casualties2=ほぼ無し
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'''K作戦'''(けーさくせん)とは、[[第二次世界大戦]]中の[[大日本帝国海軍|日本海軍]]の作戦の1つで、[[二式大型飛行艇]](二式大艇)による[[真珠湾]]攻撃を企図・実行したもの。[[1942年]]の2月から3月にかけて行われた。またこの作戦は二式大艇の初の[[実戦]]となった。
== 概要 ==
===作戦の背景===
日本海軍は[[真珠湾攻撃]]後の1941年12月17日に[[潜水艦]][[伊号第七潜水艦|伊7]]から発進した[[偵察機]]のハワイ偵察を行い、翌42年1月5日にも[[伊号第一九潜水艦|伊19]]より搭載機による偵察を行った。これにより[[アメリカ軍]]が[[灯火管制]]もせずに急ピッチで真珠湾攻撃の損害の復旧をしていることを知った。復旧活動を妨害すると同時に米軍の士気に損害を加えるため、二式大艇による更なる真珠湾攻撃を行う案が持ち上がる。1月17日、[[連合艦隊]]参謀長はその研究および計画立案を南洋部隊航空部隊司令部に行うよう伝えた。
 
===計画立案===
日本軍は[[潜水艦]][[伊号第七潜水艦|伊7]]、[[伊号第九潜水艦|伊9]]から発進した[[偵察機]]の偵察により、[[アメリカ軍]]が[[灯火管制]]もせずに[[真珠湾攻撃]]の損害の復旧をしていることを知り、これを妨害するため二式大艇による真珠湾攻撃を計画した。参加兵力は2機で、[[マーシャル諸島]][[ウォジェ環礁|ウオッゼ島]]を出発し、途中[[フレンチフリゲート瀬|フレンチフリゲート礁]]で潜水艦から[[燃料]][[補給]]を受けるという計画だった。
 
===作戦遂行===
 
== 関連項目 ==
*[[真珠湾攻撃]]
*[[飛行艇]]
 
== 参考文献 ==
*[[防衛研修所]]戦史室『戦史叢書 第38巻 中部太平洋方面海軍作戦(1)』[[朝雲新聞社]]、1970
*[[碇義朗]]『最後の二式大艇』[[光人社]]、1994
*『歴史群像シリーズ 二式大艇と飛行艇』学習研究社、2008
*モデルアート573号増刊「真珠湾攻撃隊」
 
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[[Category:太平洋戦争の作戦と戦い]]
[[Category:ハワイ州の歴史]]