「モーリス・ホワイト」の版間の差分

 
== 経歴 ==
[[1941年]]、メンフィスにて生まれ、[[1953年]]にドラムを始める。1960年代初め17歳の時に両親とともに[[シカゴ]]に引っ越し、後てきた。シカゴ音楽院通い、ベティ・エヴェレトのバンドからキャリアをスタートした。[[チェス・レコード]]より電話をうけ、バンドオーディションを仕切ることになり、彼は専属ドラマーとなり教育を受けた<ref name="gratitude">アルバム''gratitude''(2004年、日本版再販)のウィリアム・C・ローデンによライナー</ref>。[[1966年]]にピアニストの[[ラムゼイ・ルイス]]のバンドに加入する。この頃よりライヴで[[カリンバ]]を演奏している。
 
[[1969年]]にラムゼイの下を離れ、自身のグループ、『ソルティ・ペパーズ』を結成し、[[キャピトル・レコード]]からシングルを残す。これがアース・ウィンド・アンド・ファイアー(以後EWF)の前身となる。[[1970年]]にモーリスは[[占星術]]によると土、風、火の要素があるからと言う事からと、[[宇宙論]]を結びつけ、''Earth, Wind & Fire''(土と風と火)と改名した。また拠点を[[ロサンジェルス]]に変え、[[ワーナー・ブラザーズ・レコード|ワーナー]]と契約した。兄弟の[[ヴァーダイン・ホワイト|ヴァーダイン]]に[[フレッド・ホワイト|フレッド]]を含めた10人の大所帯バンドとなる。2作リリースするがヒットはせず。
[[1983年]]に発表した''Electric Universe''より、その大きな売りであったホーン・セクションを捨て、打込みによる電子音が特徴となる。このアルバムをリリース後、活動を一時停止、各メンバーはそれぞれソロ活動に移る。モーリスは[[1985年]]に、2008年現在唯一のソロ・アルバムとなる、''Maurice White''を発表、"I Need You"がヒットチューンとなる。
 
[[1987年]]に"Touch the World"をリリースし、活動を再開。1990年代に入ると、プロデューサー業に専念すも力を入れるようになるが、[[1994年]]の全米ツアーには参加せず。[[1996年]]にライヴ活動を辞め<ref name="gratitude" />、自主レーベル頃よりカリンバの活動、プロデュース業に専念。1997年にモーリスは神経性障害と診断される。「[[パーキンソン病]]に罹っではなく、元々神経質であることと、度重なるストレスから、震えが伴うことがある」とモーリスは発言していためが<ref name="gratitude" />[[1995年]]ライヴ活動やはりパーキンソン病リタイア、患っていたことが明らかになる。以来のEWFの活動はフィリップが中心となっている。またモーリスは同年にラムゼイ・ルイス等のグループ[[アーバン・ナイツ]]の立ち上げにプロデューサーとして関与している。
 
[[2004年]]にモーリスと共にEWFは来日公演したが、これがモーリス込みで最後の公演とも噂される。[[2007年]]には[[スタックス・レコード]]([[コンコード・レコード]]により復活)より、EWFの[[トリビュート・アルバム]]''Interpetations''をリリース。モーリスは[[エグゼクティヴ・プロデューサー]]としてこのプロジェクトに参加。2008年には[[フュージョン (音楽)|フュージョン]]ミュージシャンの[[ブライアン・カルバートソン]]のアルバムにもエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加している。
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