「市川團十郎 (8代目)」の版間の差分

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楢神社のエピソードを追加。出典は楢神社の項で確認して頂きたい。
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*『[[助六]]』の「水入り」に使った[[天水桶]]の水が[[徳利]]一本一[[分 (曖昧さ回避)|分]]で売れた、吐き捨てた[[痰]]を[[女中|御殿女中]]たちが肌守りにしたなど、その美貌と人気を伝える逸話が数多くある。
*鷹揚で温厚な性格は誰からも愛され、自宅に押し掛けた借金取り達に「よくおいでなさいました。申し訳ございませんが、楽屋入りでございますので、どうかご免を蒙ります。どちら様もごゆるりとなさいませ。」と断りの口上をのべたら、みんな「どうぞ、ご自由においでなさいませ。」と慇懃に送り出したという。
*弘化5年(1848)。奈良県天理市の[[楢神社]]に井筒を奉納した。団十郎は楢神社の信奉者であった。
*[[戸板康二]]『團十郎切腹事件』がある、(新版は[[創元推理文庫]]、「中村雅楽探偵全集1」[[日下三蔵]]編、2007年)。第42回[[直木賞]]受賞作品(1959年)となった。