「モンテ・ヘルマン」の版間の差分

1960年代から1970年代にかけて、[[サミュエル・ベケット]]や[[アルベール・カミュ]]の影響を受けたという西部劇やロード・ムービーを多数監督する。執念に取りつかれた主人公や復讐劇などを扱いながら、オフビートで「何もおこらない」淡々としたタッチで描いていくヘルマンの映画は、大半が独立系のプロダクションで製作されたが、[[ジャック・ニコルソン]]や[[ウォーレン・オーツ]]と組んだその作品は、カルトな人気を持つものが多い。
 
[[1971年]]には[[ユニヴァーサル]]に招かれ、[[ジェーム・テイラー]]と[[ザ・ビーチ・ボーイズ]]の[[デニス・ウィルソン]]主演で『断絶』を監督するが難解な内容のために興業的に惨敗し、以後ヘルマンはハリウッド・メジャーでは監督していない。独立系の作品以外にスペインで2本の映画を監督したのち、[[1989年]]の『ヘルブレイン 血ぬられた頭脳』を最後に長編映画の監督から遠ざかる。自身の監督作品の他に、『アバランチエクスプレス』では監督の[[マーク・ロブソン]]が撮影中に急逝したためにその後継監督をつとめ、[[ポール・バーホーベン]]監督の『[[ロボコップ]]』ではB班監督を担当している。[[1992年]]には[[クエンティン・タランティーノ]]の監督デビュー作『[[レザボア・ドッグス]]』にエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しているが、タランティーノは当初ヘルマンに監督してもらうつもりでこの作品の脚本を書いたという。
 
[[1989年]]以降、アンソロジー映画の一部である短編を監督する以外は第一線から遠ざかり、近年はカリフォルニア美術学校で講師をつとめていたが、[[2010年]]、映画の撮影現場を舞台にしたミステリー『果てなき路』で21年ぶりに長編映画の監督に復帰。同作品で[[ヴェネツィア国際映画祭]]の金獅子賞と特別賞を受賞した。
 
 
== 主な監督作品 ==
895

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