「カール・ムック」の版間の差分

m
== 略歴 ==
 
音楽一家に生まれる。当初は歴史を専攻、[[1880年]]、[[ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク|ハイデルベルク大学]]にて[[歴史学]]の博士号を取得、のちに[[ライプツィヒ音楽院]]に学び、[[ゲヴァントハウス管弦楽団]]のソリストとして音楽家に転身。以降、[[チューリヒ歌劇場]]の合唱指揮者を皮切りに、[[第一次世界大戦]]前の一時期を除き、主にドイツ・オーストリア圏で活躍。とくに[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の権威として知られ、[[1901年]]から、主宰者[[ヴィニフレート・ワーグナー]]と訣別する[[1930年]]までのおよそ30年にわたって[[バイロイト音楽祭]]に客演し『[[パルジファル]]』の上演に携わった。20世紀前半を代表する[[指揮者]]の一人。
 
== 評価 ==