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'''ブリダ'''(Blida)は、[[アルジェリア]]の都市。人口265000人(2005年)。[[ブリダ県]]の県都であり、首都[[アルジェ]]から南西に45kmの地点に位置する.<ref>Alice Cherki and Nadia Benabid, (2006) ''Frantz Fanon: A Portrait'', Cornell University Press, 255 pages ISBN 080147308X</ref>。標高190mに地点にあり、ミティジャ平原の南端、テル・アトラス山脈の麓に位置する。街はチファ峡谷から流れてくるOued el kebirの右岸に位置する。この峡谷の豊富な水は街の周辺の小麦畑や工場に水を供給し、また街中にいくつもある噴水や庭園にも水をもたらしている。ブリダは高い城壁に囲まれ、6つの門からのみ行き来ができる。近くのチファ渓谷には絶滅危惧種である[[バーバリーマカク]]のコロニーがあるが、これはもはや数ヶ所しか残っていないコロニーのひとつである<ref>C. Michael Hogan, (2008<) [http:/ref>/globaltwitcher.auderis.se/artspec_information.asp?thingid=31757&lang=us ''Barbary Macaque: Macaca sylvanus'', Globaltwitcher.com, ed. Nicklas Stromberg]
</ref>
 
ブリダの新市街は[[フランス]]によって建設され、近代的な区画に多くのアーケードや[[モスク]]、教会、兵舎に軍病院が建っている。中心であるd'Armesプレイスは、アーケードのついた家と木々に囲まれている。ブリダは肥沃な平原に位置し、また主要道路の沿線に位置するため、特に[[オレンジ]]や[[小麦]]の集散地として栄えている。周辺には5万本以上のオレンジの木が植えられており、4月になると町はオレンジの花に囲まれる。公園の中には巨大な[[オリーブ]]の木があり、周辺に広がる[[コルク]]と[[杉]]の森林は街の重要な産業のひとつとなっている。この街は[[ローマ帝国]]時代にはその支配下にあり軍事基地がおかれていたものの、ブリダの町が建設されたのは16世紀にSidi-Ahmed El-Kebirの手によってだった。[[バルバロス・ハイレディン]]によって町にモスクが建設され、[[オスマン帝国]]の統治下でほかにも重要な建設がなされた。[[1825年]]には地震で荒廃したものの、速やかに再建された。