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==歴史における種別==
{{出典の明記|section=1|date=2011年5月}}
 
この騎士道には3つのタイプがあり、時代と共に変化した。そして、最終的にこの3つの要素が混じったものとなった。
最も古い物は心構え以前に「騎士として条件に合った者を騎士と見なす」であり、馬を持つこと、闘うこと、など王によって認めた者が騎士となった。しかし、これは「王認戦闘員」でありいわゆる闘う者の哲学や心構えは含まれてない。この集団は力があったので、その力を制御しなくてはただの暴力集団であり、しかも王に認められているだけにローカルな暴力集団よりもやっかいだった。有り難いことに西洋ではヨーロッパの各国はほとんどキリスト教だったために、キリストの教義を取り込むことで、これらグループから暴力性を押さえようとした(できたかどうかはともかく)。Lillという僧が宗教的な制約を加えた。騎士の十戒にある「信仰心」「寛容」がこれで宗教的要因の騎士道である。騎士は理想を目指し、良くなるように努力をするのだが、キリスト教では人間は不完全であり、完全な物は神だけである、という考えがある。アーサー王の聖杯探査に出かけた騎士は皆、失敗する。だから、宗教からの騎士道においては女性は避ける者とされていた。例えば初期のヨハネ騎士団やホスピタル騎士団は妻帯を認められなかったのだ。
 
次に、道徳的な騎士道(secular)である。
これを作ったのはフランスのde chamny で彼は影響力のある騎士だった。
彼はモラルを広めgood Knightとなるように指導した。例えば都市を落としたとき、その報酬は略奪や強姦(男女関係なく)というのはそれまでの常識で了解だったが、彼はその上限を決めた(無いよりはあった方がマシ、レベルでの上限を決めた。彼は本を書き、その中で騎士のモラルに関する様々な質問を挙げているが、回答のかかれた本は現存しない。剣術の師リヒテンハウアーの剣術本に書かれている詩「若き騎士よ、神を愛し女性を敬え~」はこの理念によって書かれている。当時 騎士達は戦争はよい物だと考えていた(否定すれば自分のアイディンティティが無くなるので、戦争はよい物だと考えていた
 
3つ目はロマンの騎士道で フランスのエレノア・アクラエムが作ったものだ。彼女は「騎士道とレディのルール」を作った。ここで騎士に「レディ」が重要な役目として登場する(彼女自身女性なので)。日本の武士道と最も異なるのがこの「レディ」の存在であるが、騎士はレディを崇拝し、保護し、心の中だけで愛する存在として登場し、レディはそれに対して慈愛を与えるのだ。良くあるのが主人の騎士の奥方を愛す若き見習騎士。彼は奥方の心を射止めようと努力をするが、これは「心の愛」で満足しなくてはならない。「肉体の愛」は禁じられている(キリスト教的には魂は神のもの、肉体は悪魔の物ともされている)。そして主人は二人の関係を知っておきながら、知らないようによそおう。という構図となる。これが特殊化し[[ミンネ]]とよばれる騎士とレディの愛物語([[宮廷愛]])と現実もなっていく。
 
この関係の奇妙な例として、あるトーナメントのエピソードがある。
ある騎士はレディとの約束(願掛け)で馬上槍試合に甲冑をつけず、そのレディのドレスを着て闘う事を誓った。その結果、彼は大けがをするのだが、レディは彼の気持ちを「その試合で騎士がつけていた血だらけとなったドレス」を身にまとい、パーティに出席することで応えた。
 
西洋では寓話やシンボライズが多くあり、女性や民を「羊」にたとえる。盗賊や悪党は「狼」騎士は「犬」である。狼と犬は非常に近く「犬もまた狼となり、狼もまた犬となりうる」ことを考えると「力」というものが物を奪うために使われるのか、守るために使われるのか、その人の心次第ということになるわけだ。 
 
==概要==
 
*FRANCHISE:崇高な行い、[[統率力]](noble behavior and leadership) 
 
これらが代表的な[[美徳]]とされるが、それ以外にも[[清貧]]、気前のよさ、信心、弱者の保護、などがある。
信心、弱者の保護、などがある。
 
また、フランスの騎士道文学の研究者レオン・ゴーティエの掲げる『十戒』は、以下の通り。
 
[[ファイル:Maltese-Cross-Heraldry.svg|200px|thumb|聖ヨハネ騎士団の紋章]]
[[:en:Order of Saint John (Bailiwick of Brandenburg)|聖ヨハネ騎士団]]の紋章には次のような意味がある。「十字架の4つの腕は基本的な道徳を表し、それぞれ慎重さ、節制、正義、不屈の精神を意味する。8つの尖った角は[[山上の垂訓]]の8つの恵みを表し、それぞれ謙虚、思いやり、礼儀、献身、慈悲、清らかさ、平和、忍耐を意味する。」
 
[[テンプル騎士団]]に対して[[クレルヴォーのベルナール|聖ベルナール]]は、こう記している。「キリストの兵士が剣を持ち歩くのは、故ないことではありません。それは邪悪を懲らしめ、正しい者の栄光のためなのです。」
 
また、[[シャルトル大聖堂]]に刻まれる騎士の祈りには、こうある。「この上なく聖なる主、全能の父よ・・・あなたは邪まな者の悪意を砕き正義を守るために剣を使うのを、我々にお許しになりました・・・どうか貴方の前にいるこの下僕の心を善に向けさせ、この剣であろうと他の剣であろうと、不正に他人を傷つけるためには決して使わせないようになさって下さい。この下僕に、常に正義と善を守るために剣を抜かせて下さい。」
 
==歴史における種別==
{{出典の明記|section=1|date=2011年5月}}
 
この騎士道には3つのタイプがあり、時代と共に変化した。そして、最終的にこの3つの要素が混じったものとなった。
最も古い物は心構え以前に「騎士として条件に合った者を騎士と見なす」であり、馬を持つこと、闘うこと、など王によって認めた者が騎士となった。しかし、これは「王認戦闘員」でありいわゆる闘う者の哲学や心構えは含まれてない。この集団は力があったので、その力を制御しなくてはただの暴力集団であり、しかも王に認められているだけにローカルな暴力集団よりもやっかいだった。有り難いことに西洋ではヨーロッパの各国はほとんどキリスト教だったために、キリストの教義を取り込むことで、これらグループから暴力性を押さえようとした。Lillという僧が宗教的な制約を加えた。騎士の十戒にある「信仰心」「寛容」がこれで宗教的要因の騎士道である。騎士は理想を目指し、良くなるように努力をするのだが、キリスト教では人間は不完全であり、完全な物は神だけである、という考えがある。アーサー王の聖杯探査に出かけた騎士は皆、失敗する。だから、宗教からの騎士道においては女性は避ける者とされていた。例えば初期のヨハネ騎士団やホスピタル騎士団は妻帯を認められなかったのだ。
 
次に、道徳的な騎士道(secular)である。
これを作ったのはフランスのde chamny で彼は影響力のある騎士だった。
彼はモラルを広めgood Knightとなるように指導した。例えば都市を落としたとき、その報酬は略奪や強姦というのはそれまでの常識で了解だったが、彼は無いよりはあった方がマシ、レベルでの上限を決めた。彼は本を書き、その中で騎士のモラルに関する様々な質問を挙げているが、回答のかかれた本は現存しない。剣術の師リヒテンハウアーの剣術本に書かれている詩「若き騎士よ、神を愛し女性を敬え~」はこの理念によって書かれている。当時 騎士達は否定すれば自分のアイディンティティが無くなるので、戦争はよい物だと考えていた。
 
3つ目はロマンの騎士道で フランスのエレノア・アクラエムが作ったものだ。彼女は「騎士道とレディのルール」を作った。ここで騎士に「レディ」が重要な役目として登場する。日本の武士道と最も異なるのがこの「レディ」の存在であるが、騎士はレディを崇拝し、保護し、心の中だけで愛する存在として登場し、レディはそれに対して慈愛を与えるのだ。良くあるのが主人の騎士の奥方を愛す若き見習騎士。彼は奥方の心を射止めようと努力をするが、これは「心の愛」で満足しなくてはならない。「肉体の愛」は禁じられている。そして主人は二人の関係を知っておきながら、知らないようによそおう。という構図となる。これが特殊化し[[ミンネ]]とよばれる騎士とレディの愛物語([[宮廷愛]])と現実もなっていく。
 
この関係の奇妙な例として、あるトーナメントのエピソードがある。
ある騎士はレディとの約束(願掛け)で馬上槍試合に甲冑をつけず、そのレディのドレスを着て闘う事を誓った。その結果、彼は大けがをするのだが、レディは彼の気持ちを「その試合で騎士がつけていた血だらけとなったドレス」を身にまとい、パーティに出席することで応えた。
 
西洋では寓話やシンボライズが多くあり、女性や民を「羊」にたとえる。盗賊や悪党は「狼」騎士は「犬」である。狼と犬は非常に近く「犬もまた狼となり、狼もまた犬となりうる」ことを考えると「力」というものが物を奪うために使われるのか、守るために使われるのか、その人の心次第ということになるわけだ。 
 
 
==武士道と騎士道の差==
武士は主人に対して主従を結ぶのに対して、騎士の誓いは神との契約であるため、騎士は主人と契約するがその契約は業務提携であり、帰依するのはあくまでも神である。したがって主が理不尽な命令をした場合、自分の心の中に聞こえる神の小さな声を聞くことでそれを拒否しても良い。これが現代では[[良心的兵役拒否]]にもつながるといえる。
 
契約の中に弱者の保護があるが、これは神との契約である以上「しなくてはならない」という強制である。一方、武士の場合、行動基準となる上記5常はあくまでもキーワードであり、絶対ではない。したがって、もし現代に騎士道を進むものがいて、他人が襲われている場面に出くわした場合、彼は自分の力量に照らしてそれが可能か否かはともかく襲われている人間を助け「ねばならない」。
 
騎士道の中に「派手に振舞え」というのがある。逆に初期のテンプル騎士団などは2人で馬一頭を共有するほど質素倹約につとめた。前者はもとを正せば「蓄財をするな」ということである。財産を蓄えればそれを守るという欲がでるからだ。また、貧しい人に身を削って富を分け与えよ、という意味もある。
 
== 関連書籍 ==
**[[中世文学]]・[[ロマンス]]
**[[騎士道物語]]
**[[ミンネ]](宮廷風恋愛)
**[[トリスタンとイゾルデ]]、[[ベオウルフ]]、[[ニーベルンゲンの歌]]
**[[カンタベリー物語]]
*[[修身]]・[[道徳教育]]・[[倫理]]
**[[黄金律]]
**[[武士道]](但し目指す方向は似て非なるもの)・[[御恩と奉公]]・活人剣
**[[報徳思想]]
**[[内村鑑三]]・[[新渡戸稲造]]
**[[騎士修道会]]
**[[スイス傭兵]]
**[[聖ヨハネ騎士団]]
**[[聖杯伝説]]
***[[テンプル騎士団]]
***[[魔女狩り]]<REF>[[レディーファースト]]が道徳心の発露では無く、『[[ダ・ヴィンチ・コード]]』著者が挙げる「[[魔女狩り]]や迫害から、救世主の末裔を擁護する事を存在意義とする騎士団の行動規範より始まった」という推論もある。</REF>
***[[レディーファースト]]
***[[サラーフッディーン]]・・・[[十字軍]]期、イスラムの騎士道と謳われた。長身で是非のはっきりした行動的な[[リチャード獅子心王]]とは対照的に、細身で内気で謙虚であり学者然としていた。
 
== 脚注 ==
248

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