「錯誤」の版間の差分

訂正
(訂正)
[[民法 (日本)|民法]]上の錯誤とは、表意者が無意識的に[[意思表示]]を誤りその表示に対応する意思が欠けていることをいう<ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、160頁</ref>。表示上から推断される意思と真の意図との食い違いを表意者が認識していない点で[[心裡留保]]や[[虚偽表示]]とは異なる<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、147頁</ref>。
 
錯誤の場合の表意者の保護と相手方の利害との調整は立法上難しい問題とされるが<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、147頁</ref>、日本法ではこうして意思表示をした者を保護するため錯誤の意思表示を無効としている([[b:民法第95条|民法第95条]]本文)。理論的にみて内心的効果意思の欠如という点では意思表示の欠陥として重大であることによるとされるが、表意者保護を目的とする点では[[詐欺による意思表示]]や[[強迫による意思表示]]と同じであることから[[ドイツ民法]]と同様に無効ではなく[[取消し]]を採用すべきとの指摘もある<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、151頁</ref>。実際、日本の民法の解釈においても通説・判例は錯誤無効は取消しに近い'''相対的無効'''であると解釈されている<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、74頁</ref><ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、191頁</ref>。
 
なお、後述のように動機の錯誤の扱いを巡って学説には対立があり、従来の錯誤の定義づけにも影響している<ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、162頁</ref>。
=== 錯誤の要件 ===
==== 要素の錯誤 ====
民法95条は錯誤無効の要件として「法律行為の要素に錯誤があったとき」と規定しており、'''要素の錯誤'''であることを要するとしている(民法95条本文)。要素の錯誤とは具体的には錯誤がなければ法律行為をしなかったであろうと考えられる場合で(因果関係の側面)、かつ、取引通念に照らして錯誤がなければ意思表示をしなかったであろう場合(重要性の側面)を指す<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、68頁</ref><ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、161頁</ref>。
 
要素の錯誤は法律行為ごとに個別具体的に判断されるが<ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、187頁</ref>、講学上は人についての錯誤(意思表示の相手方そのものの錯誤(人違い)や人の身分や資産についての錯誤)、目的についての錯誤(取引の目的物の性状や来歴に関する錯誤)、法律・法律状態についての錯誤に類型化して分析されることが多い<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、148頁</ref><ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、164頁</ref>。
民法95条は表意者が錯誤無効を主張する要件として表意者に重大な過失がないことを要するとしている(民法95条但書)。
 
なお、表意者の意思表示の錯誤について相手方が知っていた場合(悪意)には、相手方を保護する必要はなく民法95条但書の適用はない(通説・判例)<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、69頁</ref><ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、187-188頁</ref>。
 
民法95条但書の特則として電子消費者契約法([[電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律]])第3条は一定の場合に民法95条の適用を排除する特則を置く<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、69頁</ref><ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、148頁</ref>。
 
=== 錯誤の態様 ===
伝統的には錯誤は表示行為の錯誤と動機の錯誤に分けられる<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、317頁</ref><ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第4版』 成文堂、2008年4月、65-66頁</ref>。民法95条の適用される錯誤については、表示意思の有無という点から表示行為の錯誤と動機の錯誤の両者の区別を重視する'''二元的構成'''と両者の区別は民法95条の適用において本質的に違いはないとする'''一元的構成'''とがある。ただ、近時、実際上の問題としても両者を区別しないほうがよいとする見方が強い<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、148頁</ref>。
 
==== 表示行為の錯誤 ====
意思決定から表示行為に至る過程において錯誤が生じることを'''表示行為の錯誤'''といい、表示上の錯誤と内容の錯誤がある<ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、184頁</ref>。
; 表示上の錯誤
: 表示上の錯誤とは、誤談(言い間違い)や誤記(書き間違い)のことである<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、317頁</ref><ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、149頁</ref>。例えば契約書の購入代金の欄に「100000円」と記載したつもりが、うっかり「1000000円」と書いてしまった場合が表示上の錯誤にあたる。
; 内容の錯誤
: 内容の錯誤とは表示行為の意義についての誤りである<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、149頁</ref>。契約書の購入代金の欄に「100ドル」と書くべきだったのに1ドルと1ポンドは同じ価値だと誤信していたため「100ポンド」と書いてしまった場合がその例である。
: 動機の錯誤は民法95条にいう錯誤にあたらないとする説。
* 動機表示錯誤説
: 動機の錯誤は民法95条にいう錯誤にあたらず、動機が表示されて意思表示の内容となった場合に限り民法95条にいう錯誤となるとする(従来の通説・判例。判例として大判大3・12・15民録20輯1101頁)<ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、162頁</ref>。ただ、動機が表示されて意思表示の内容となった場合を含めるとすると、錯誤を意思と表示の不一致という理論構成がとりにくくなるため、錯誤の定義について「真意と表示から推断される意思の不一致」あるいは「意思表示と事実の不一致」といった定義の修正が図られている<ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、162頁</ref>。このような理論構成に対しては表意者保護よりも取引の安全を優先するものとの指摘がある<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、67頁</ref>。
* 一元的構成説
: 錯誤の生ずるのは多くの場合に動機の錯誤であること、動機の錯誤と表示行為の錯誤との区別は明確にできないこと、錯誤無効の判断には相手側の事情も考慮すべきことなどから動機の錯誤も95条にいう錯誤になりうるとし、民法95条の錯誤無効については要素の錯誤の存否や重過失の有無の観点から捉えられるべきであるとする説<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、73頁</ref><ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、163頁</ref>。近時このような構成をとったのではないかとみられる判例も出されている(最判平14・7・11判時1805号58頁)<ref>我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、150頁</ref>。
 
ただ、動機の表示を必要とする説においても動機の表示は黙示による場合を含むと解釈され、他方、一元的に構成する説においても要素の錯誤や重過失の点から動機の錯誤が常に民法95条の錯誤となるとは限らないと解釈されるのであれば両者には結果的に大きな差はないとの見方もある<ref>遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法1 民法総則 第4版増補改訂2版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、2002年5月、163頁</ref>。
 
==== 相対的無効 ====
錯誤の効果は無効であり本来であれば誰しもが主張しうるはずであるが、錯誤無効は表意者保護を目的とするものであり錯誤無効を主張しうる者は原則として表意者に制限される(通説)<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、74頁</ref><ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、191頁</ref>。表意者に重過失があり無効主張しえないときは第三者も無効主張できない(通説・判例。最判昭40・6・4民集19巻4号924頁)<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、74頁</ref>。また、表意者に無効を主張する意思がないときも第三者は無効主張できない(最判昭40・9・10民集19巻6号1512頁)。
 
ただし、例外的に表意者が瑕疵を認めており債権保全の必要がある場合には第三者は錯誤無効を主張しうる(最判昭45・3・26民集24巻3号151頁)。債権者が[[債権者代位権]]を行使できないことになるためであり、表意者が瑕疵を認めている以上は表意者の利益を損ねるものでもないためである<ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、192頁</ref>。
 
==== 共通錯誤 ====
当事者双方が錯誤に陥っていた場合を'''共通錯誤'''というが、共通錯誤の場合には相手方も錯誤に陥っていたのであり民法95条但書の適用はなく常に無効主張しうる(通説)<ref>内田貴著 『民法Ⅰ 第34総則・物論』 東京大学出版会、2008年4月、76頁</ref><ref>近江幸治著 『民法講義Ⅰ 民法総則 第5版』 成文堂、2005年3月、195頁</ref>。
 
==== 他制度との関係 ====
839

回編集