「コスモス (テレビ番組)」の版間の差分

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'''コスモス(COSMOS)'''は[[天文学]]者の[[カール・セーガン]]が監修し、[[1980年]]にアメリカで初放送されたTV[[ドキュメンタリー]]。[[1978年]]から[[1979年]]にかけて、米国[[カリフォルニア州]]の[[PBS]]により制作され、セーガン自らが番組の進行を担当した。日本における[[1980年]]放映時の表記は'''コスモス(宇宙)'''。
 
コスモスは空前の視覚効果を伴った世界初の宇宙に関する超大型ドキュメンタリー番組であり、内容の客観性に関する議論はあるものの、[[宇宙科学]]と[[生命]]の誕生に関わるセーガンの熱意が遺憾なく発揮された佳作である。世界中60カ国以上に配信され、大きな話題をさらった。[[1980年]]、[[エミー賞]]受賞。放映依頼、再放送や[[ビデオ]]、[[DVD]]の販売もされており、セーガンが他界した[[1997年]]までにその視聴者数はのべ5億人と謳われ、[[w:The Science Channel|The Science Channel]]によると、現在は6億人に達している。
 
なお、このTV番組と平行してセーガン著の書籍「COSMOS」が発刊されている。
 
[[2000年]]12月、7か国語(仏・伊・独・西・中(簡体)・日・英)<!--言語の順番はセーガン博士公式サイトでの表記に準拠-->の翻訳字幕が用意され、当時としては画期的な[[DVD-Video#リージョンコード|リージョン]]0の[[DVD]]が販売された。その際、過去のβ・VHSビデオではCGであった画像が、[[ハッブル宇宙望遠鏡]]から捉えられた画像に差し替えられた。すでにセーガンの没後のDVD作製であり、セーガンに捧げられた作品という位置づけである。
 
== 反響 ==
'''コスモス'''が初めて放映された1980年頃までは、TV・映画等で宇宙を取り扱う場合、学術的な検証は十分ではなく興味本位で取り扱われることもしばしばであった。セーガンは、「人類は宇宙の孤児ではない」という信念から始められた[[地球外知的生命体探査]](SETI)や[[パイオニア10号]]に搭載された金属板の監修を行うなど、単なる天文学の専門家にとどまらない研究者だった。彼の「私たち人類は、宇宙が宇宙自身を知るための手段なのだ」という信念が、この番組の完成度を高めたと言っても過言ではない。[[1997年]]に公開されたセーガン原作の映画[[コンタクト (映画)|コンタクト]]とは共通のメッセージ性を持っていると言える。
 
セーガンは「宇宙カレンダー」を用いて、宇宙の150億年の歴史を1年間に置き換え、宇宙における生命の誕生が、偶然ときわめて長い年月を経てようやく到達された奇跡の結果であること、また、その生命の存在確率が極めて低いものの、全宇宙の星の数(1000億[銀河の数]×1000億[1銀河内の恒星の数])から類推すれば、宇宙に他に生命が居ることを否定することは出来ないという彼自身の研究成果を熱意を込めて主張し、宇宙が人類にとっての開発の場ではなく、宇宙の中で生かされているというメッセージを述べた。
 
アメリカのTV番組「トゥナイト・ショー」のホストを務め天文学の学位も持つジョニー・カーソンがセーガンの扮装(コーデュロイの上着、タートルネックのセーター、安物のカツラ)と声帯模写を行い笑いを取る。「コスモス」においてセーガンは、より大きい数字を表す「ビリオンズ」を幾度も用いて宇宙の深遠さを説いていた。同番組ではカーソンがさらにセーガンの悦に入ったナビゲートと知性溢れる語りをカリカチュアさせ「ビリオンズ&ビリオンズ」を連呼しセーガンもどきとして茶の間を沸かした。セーガン本人は「見知らぬ人や、周囲から『例のアレ言って下さい』と言われてせっつかれたけど、僕は番組内で”ビリオンズ&ビリオンズ”なんて言ってないのになぁ」と途方に暮れていた。後、病床で書き下ろした本人最後の科学啓蒙書「Billions&Billions」(邦題、百億の星と千億の生命)を出版。同書内で書籍名はカーソンからの借用で、意趣返しだとの断わり書きを添えている。
 
このメッセージ性の高さが、番組の人気を不動のものとし、現在でもその人気は衰えていない。
 
== 関連事項 ==
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