削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
 
編集の要約なし
1行目:
'''道登'''(どうとう、生没年不詳)は、[[7世紀]]における[[僧]]である。[[山城国]]の出身という。
 
[[高句麗]]に留学し、日本に帰国した後は[[元興寺]](飛鳥寺)に住した。一説によれば[[唐]]に渡って嘉祥大師[[吉蔵]]に師事して[[三論宗]]を学んだとも言われている。[[645年]](大化元年)に僧[[旻]]などとともに十師に一人に任じられ、翌[[646年]](大化2年)には[[道昭]]とともに[[宇治橋]]を架けたといわれている。[[650年]](白雉元年)穴戸国(後の[[長門国]])の[[国司]]が白雉を献上した際に、天皇の諮問に回答して祥瑞であることを上奏して、'''[[白雉]]'''に改元されることとなった。
 
{{stub}}