「リオネル・メッシ」の版間の差分

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=== クラブ ===
==== バルセロナ入団 ====
人生の転機となったのは、13歳の時に受験し合格した[[スペイン]]、[[リーガ・エスパニョーラ]]に所属する[[FCバルセロナ]]の入団テスト。当時の監督[[カルロス・レシャック]]は彼のプレーを一目見ただけでその小さな身体に驚くべき才能と将来性が宿っていることを悟り、すぐさま合格を決めたという。FCバルセロナは家族揃ってのバルセロナへの移住を条件に治療費を全額負担することを約束し、家族もこれを快諾。2001年3月1日正式契約を結びスペインでの新たな生活を始めることとなる。この時、彼の身長は143cmだった。治療のため一家での引越しだったとはいえリオネル少年にとって生まれ育った母国の友人らと別れる事になるのは子供心にショックな事だった。スペイン在住となってからでもアルゼンチン時代の幼なじみや友人知人とは細目に連絡を取り合っていた。
 
ユースチームで治療とトレーニングを続けた結果、身長は169cmまで伸び、選手としても一流のテクニックを披露するまでに成長。2004-05シーズンには弱冠17歳にして、プロのサッカー選手としてのキャリアをスタートさせた。2004年10月16日にリーグ第7節[[RCDエスパニョール|エスパニョール]]戦で[[プリメーラ・ディビシオン]]・デビューを果たすと、2005年5月1日の第34節[[アルバセテ・バロンピエ]]戦で初ゴール。17歳と10ヶ月7日で決めたこのゴールは、後にメッシ自身のアシストから[[ボージャン・クルキック]]が17歳と51日で記録するまでクラブ史上最年少ゴールだった。このシーズンはレギュラー定着とはならなかったが、その才能をのぞかせ、リーガ制覇を経験した。
*ディエゴ・マラドーナ2世と呼ぶ声も多く、マラドーナ本人からもそれを認められている。マラドーナ2世と呼ばれる選手は多数おり、マラドーナ本人も認めた選手としては他に[[カルロス・テベス]]や[[アンドレス・ダレッサンドロ|ダレッサンドロ]]などがいる。{{Main|マラドーナ2世}}
*[[ワールドサッカー ウイニングイレブン 2009]]以降、ウイニングイレブンシリーズのイメージキャラクターを務めている<ref>{{Cite web|date=2008-10-14|title=『ウイイレ2009』のイメージキャラクターがメッシ選手に決定|url=http://news.dengeki.com/elem/000/000/113/113080/|accessdate=2010-03-26}}</ref><ref>{{Cite web|date=2009-09-24|title=メッシ、トーレスのコメントも! 『ウイイレ2010』、本体同梱版が発売決定【TGS2009】|url=http://www.famitsu.com/game/news/1227829_1124.html|accessdate=2011-10-30}}</ref><ref>{{Cite web|title=「ウイニングイレブン」が日本のサッカーをさらに熱くする|url=http://www.konami-digital-entertainment.co.jp/ja/news/topics/2010/1014/|publisher=コナミデジタルエンタテインメント|accessdate=2010-03-26}}</ref>。メッシ自身もウイニングイレブンシリーズをプレーしており、[[すぽると!]]の企画では[[国分太一]]と対戦し、負けはしたもののその腕前を披露した。
 
*サッカー以外の私生活面では非常に寡黙で、酒席やパーティーに招かれても本人なりに気遣って隅の方で佇んだまま他の者らの談笑を黙って見ているだけで、メッシも輪の中に入るよう料理を取り分けると「ありがとう」と小声で答え、そのまま(満更でもない様子で)大人しくしているという。
 
*かつて[[ナイキ|ナイキ社]]と契約していたが、後に[[アディダス|アディダス社]]と契約した。
 
== 出典・脚注 ==
<!--「メッシ 169センチの、本気! 」ルーカ・カイオーリ著 東邦出版 2010年2月18日-->
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