「アーサー・C・クラーク」の版間の差分

 
=== その後 ===
1970年代初め、クラークは3作品の出版契約を結んでおり、当時のSF作家の新記録だった。そのうちの1作目『[[宇宙のランデブー]]』は1973年に出版され、主な賞を総なめにし、シリーズ化されることになり、2001年シリーズと並んで後期のクラークの経歴の基盤となった。1970年、「国際SFシンポジウム」<span style="font-size:50%;">''([[小松左京]]主宰)''</span>に[[ジュディス・メリル]]、[[フレデリック・ポール]]、[[ブライアン・オールディス]]、[[ユーリ・カガルリツキー]]らと共にゲストとして来日、各地を遊歴。親睦会にてクラークはスリランカ風フラダンスを披露
 
1980年代にはテレビ番組 ''[[:en:Arthur C. Clarke's Mysterious World|Arthur C. Clarke's Mysterious World]]''、''[[:en:Arthur C. Clarke's World of Strange Powers|Arthur C. Clarke's World of Strange Powers]]''、''[[:en:Arthur C. Clarke's Mysterious Universe|Arthur C. Clarke's Mysterious Universe]]'' でクラークの名は一般に浸透した。1986年には[[アメリカSFファンタジー作家協会]]から[[デーモン・ナイト記念グランド・マスター賞|グランド・マスター賞]]を授与された<ref>[http://sfwa.org/awards/grand.htm SFWA Grand Masters]</ref>。1988年には[[ポリオ後症候群]]を発症。1962年の[[急性灰白髄炎|ポリオ]]感染が原因で、その後は車椅子が必要になった<ref name=obitnyt/>。クラークは長年 British Polio Fellowship<ref>[http://www.britishpolio.org.uk British Polio Fellowship - Home]</ref> の副後援者を務めた。
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