「ホッケンハイムリンク」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
'''ホッケンハイムリンク'''([[ドイツ語]]:''Hockenheimring Baden-Württemberg'')は、[[ドイツ]]南西部の[[バーデン=ヴュルテンベルク州]][[ライン=ネッカー郡]]にある[[サーキット]]。[[ニュルブルクリンク]][[サーキット]]と隔年で[[フォーミュラ1|F1]][[ドイツグランプリ|ドイツGP]]が行われる。
 
== サーキット概要 ==
[[フランクフルト・アム・マイン|フランクフルト]]から車で南へ1時間の場所にあり「[[シュヴァルツヴァルト|黒い森]]」として知られる森林地帯に位置する。付近には[[古城街道]]など観光名所も多い。
[[1932年]]の開設当初は現在とは異なり反時計回りのコースで、現在の12コーナー~最終コーナー付近をスタートラインとしていた。
後のオストカーブを直進し現在の連邦道291号線からホッケンハイマー通りを経て後のクラークシケイン付近より現在のコースに戻り、
更に現在の1コーナーを直進し、[[ホッケンハイム]]の市街地であるエルンスト=ヴィルヘルム=ザクス通りからハイデルベルガー通りを経て一周する、ほぼ直線同士を繋いだ全長12kmのコースだった。
その後、[[1938年]]に街の反対側を曲線で繋いで後のオスト・カーブとなり、全長7.7kmのコースとなった。
 
[[1932年]]の開設当初は現在とは異なり反時計回りのコースで、ほぼ直線同士を繋いだ全長12kmのコースだった。現在の12コーナー~最終コーナー付近をスタートラインとし、後のオストカーブを直進し、現在の連邦道291号線からホッケンハイマー通りを経て後のクラーク[[シケイン]]付近より現在のコースに戻り、更に現在の1コーナーを直進し、[[ホッケンハイム]]の市街地であるエルンスト=ヴィルヘルム=ザクス通りからハイデルベルガー通りを経て一周する。その後、[[1938年]]に街の反対側を曲線で繋いで後のオスト・カーブとなり、全長7.7kmのコースとなった。
しかし、[[1966年]]に[[アウトバーン]]がコース脇を通ることになったため、更にコースを短縮せざるを得なくなった。そこで[[ジョン・フーゲンホルツ]]がサーキットを再設計し、3つのロングストレートとスタジアムセクションを結んだコースとなり、現在の時計回りのコースに変更された。
 
しかし、[[1966年]]に[[アウトバーン]]がコース脇を通ることになったため、更にコースを短縮せざるを得なくなった。そこで[[ジョン・フーゲンホルツ]]がサーキットを再設計し、3つのロングストレートとスタジアムセクションを結んだコースとなり、現在の時計回りのコースに変更された。
 
[[1968年]]に雨の中行われた[[フォーミュラ2]]のレース中、事故によって[[ジム・クラーク (レーサー)|ジム・クラーク]]が死亡してしまう。安全性向上のため、2つの長いストレートにシケインが作られた。1つめのシケインはジム・クラークの名前を取り、クラークシケインと呼ばれ親しまれた。
その後、[[1980年]]の[[パトリック・デパイユ]]の死亡事故を受けて、オストカーブ付近にも3つ目のシケインが作られた。その後は長きにわたって、森の中を走るストレートを3つの[[シケイン]]で区切る形で構成する高速セクションと、曲がりくねった低速のスタジアムセクションの2つに分ける高速コースだった。しかし、1991年の[[エリック・コマス]]のクラッシュを受けてシケインが改修されるなど、小変更は何度か行われた。1980年代のオストシケインはただタイヤバリアで路面を区切っただけの急造シケインであり、タイヤバリアのタイヤが衝突の勢いでコース上に散らばる事がままあった。
 
右のコースで灰色のレイアウトはフォレストゾーンと呼ばれていた。コース両側が木々で囲まれているため、雨が降るとマシンが巻き上げる水飛沫が拡散しにくく、非常に視界が悪くなった。旧コースは1コーナーからすぐに右に曲がり、インフィールドの入り口にショートカットする2.6kmのショートコースも存在し、[[旧ドイツツーリングカー選手権]]などで使われていた。
 
[[2001年]]のドイツGP終了後、[[ヘルマン・ティルケ]]の再設計よる大改修が行われ、全長6.823kmから4.574kmへ大幅短縮し、中高速コースへと生ま変わった。さらに、森の中を時速360km以上で駆け抜けた超高速ロングストレートは姿を消し、よりタイトな近代レイアウト中高速コースへと生まれ化しわった。なお、現在の旧コースは、旧コース入り口の先からオストカーブまで舗装が剥がされ草が生い茂っており、切り開かれた森だけが、そこにかつての高速コースがあった名残を残している。
 
== コースレイアウト ==
ホームストレート、及びインフィールドエリアオールドコースのままである。そのため異様に道幅が狭い。ホームストレートの幅員も現在の基準で見ると幅員が非常に狭く、スタートしてすぐににタの1コンするためナーではスタート直後に多重接触事故も多が起こりやすい。2001年、スタートに失敗した[[ミハエル・シューマッハ]][[ルチアーノ・ブルティ]]が乗り上げ、宙を舞い上がった事故が有名である。
 
スタートするとまずは右の1コーナーへ。から短いストレートの後、右に回り込んで左に切り返すシケインを通過。バックストレートは大きな弓状となった高速の4コにカナーを通過ており幅員が広くオーバーテイクの仕掛けどころとなる。旧コースの第3[[アイルトン・セナ|セナ]]シケイン跡地に作られた鋭角のヘアピンへ。短いストレートから右も複数のライン新しく作られたインフィールドへ。また短いスト、ブレートをキングでけて旧来から使われてるインフィールドのヘアピンとS字へ。90度ターンの最終コーナーを抜け1周も立ち上がり抜き返され。現在のF1ではモナコ並んで1周の時間短く、73~74秒ほどで周回できる。
[[ファイル:Hockenheim Panorama.jpg|thumb|none|800px|最終コーナー付近からみたホッケンハイム。左側にホームストレート、右側には[[ドラッグレース]]用のコースが見える。(2004年)]]
 
短いストレートから右に曲がり新しく作られたインフィールドへ。ここには[[メルセデス・ベンツ]]の観客席が新設された。また短いストレートを抜けると、旧来から使われているインフィールドに入る。ここからホームストレートにかけては、屋根付きの巨大な観客席に囲まれている。最初の右コーナー(旧[[アジップ]]カーブ)では、1991年の[[ドイツグランプリ (ロードレース)|2輪ドイツGP]]で[[ケビン・シュワンツ]]が驚異的なブレーキングを披露した。続いてザックスヘアピンを回り込み、路面にうねりのあるS字を抜ける。最後にアップダウンのある連続90度ターン(旧[[オペル]]カーブ)を抜けてホームストレートに戻る。
==補足==
[[フランクフルト・アム・マイン|フランクフルト]]から車で南へ1時間の場所にあり、付近には[[古城街道]]など観光名所も多い。
 
現在のコースF1でモナコと並んで1周の時間が短く73~74秒ほどで周回できる。以前よりもオーバーテイク・ポイントが増え、スピードと距離を大幅減少させたことによって、安全性も高まった。これを推奨する意見の一方で、かつての高速バトルを懐かしむ声も多い。
現在の形に再設計したのは、[[ヘルマン・ティルケ]]である。
[[ファイル:Hockenheim Panorama.jpg|thumb|none|800px|最終コーナー付近からみたホッケンハイム。左側にホームストレート、右側には[[ドラッグレース]]用のコースが見える。(2004年)]]
 
現在のコースは、以前よりもオーバーテイク・ポイントが増え、スピードと距離を大幅減少させたことによって、安全性も高まった。これを推奨する意見の一方で、かつての高速バトルを懐かしむ声も多い。
 
== 関連項目 ==