「長楽寺 (千曲市)」の版間の差分

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==文化財==
*国指定[[名勝]]
**[[姨捨山]](田毎の月)~広い意味では棚田に映し見る月を言うが、この場合は「姨捨山放光院長楽寺」の持田である四十八枚田に映る月を言い、この田のある地籍を「月見田」とも言う。古い文献では「月夜田」と記されているものもある。今も多くの[[地図]]上に[[名所]]を示す「∴」印はこの田の位置に示されている。古来、仲秋の名月をここの田に映しての句会や歌会を開く事がステータスとされていた。多くの団体から申し入れを受けた中から寺に許された会派は総出で穫り入れ前の稲を刈り取り、桟敷を組んで田には水を引き入れて月を映し、句や歌に詠んだと伝えられる。それがいつの頃からの事かは不明であるが[[上杉謙信]]が麓の[[武水別神社]]にあげた[[武田信玄]]討滅の願文には「祖母捨山田毎潤満月の影」とのくだりがある。また[[謡曲]]「[[木賊]]」にもあることから[[室町時代]]には既に広く知られていた事と考えるのが相当である。しかし、このような宴が催されたのは昭和2年が最後と伝えられている。
*市指定[[天然記念物]]
**姨捨長楽寺の[[桂]]ノ木(「樹齢」は史料により幅があるが、500年以上とも800年~1000年とも伝えられている。)