「ガイウス・グラックス」の版間の差分

[[紀元前122年]]、ガイウスは護民官選挙に出馬し、連続当選を果たす。ガイウスは[[プレブス|平民]]の支持を背景に改革を推し進めようとしたが、保守的な[[執政官]][[:en:Lucius Opimius|ルキウス・オピミウス]]に法案を潰されてしまう。
 
業を煮やしたガイウスたちは過激な行動に出てしまい、それを口実に元老院はガイウスとその支持者に対し、[[セナトゥス・コンスルトゥム・ウルティムム|元老院最終勧告]]を出す。奴隷の機転でガイウスは一旦は逃げ遂せるが、敵対者に捕まりそうになり、別の奴隷に自分を殺すよう命令する。ガイウスは死亡、その奴隷も自ら命を絶った([[プルタルコス]]によると、切り取られたガイウスの首はオピミウスの手の者によって持ち去られ、賞金と交換された。頭の重さと同等の金と交換する条件だったため、頭には鉛が詰められていたという)。しかしガイウスの死後も殺害は絶えず、ガイウスの支持者たち3,000人が殺された。ガイウスの改革が敗北に追い込まれ潰えたことで、元老院を中心とする従来の体制の機能不全は、もはや明白なものとなった。以降、長きにわたるローマは混乱時代([[内乱の一世紀]])がローマに本格的に到来す迎えるのである。
 
 
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