「成田空港問題」の版間の差分
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2000年、[[東京国際空港|羽田空港]]の再拡張と、羽田発着国際線復活の報が流れる。ほぼ時を同じくして、[[茨城県]]の[[航空自衛隊]][[百里飛行場|百里基地]]の民間共用化により、首都圏に第3の国際線空港(茨城空港)の開港が決定する。地元の危惧は羽田の再拡張と茨城空港の開港による成田空港の「地位低下」という、建設開始時とは180度正反対のものになっていた。
成田空港は東京をベースとする空港として捉えた場合、都心との距離が開いているため利便性
茨城空港は航空会社へのPRとして「着陸料を成田の6割」であることを掲げており、開港に向けて[[格安航空会社]]を中心にシェアの確保を図っており、成田空港から一部国際線の逸走につながる可能性がある。
この様な動きの一方で、現在
=== 反対運動の影響 ===
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