「東急文化会館」の版間の差分

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| 緯度度 = 35|緯度分 = 39|緯度秒 = 32
| 経度度 = 139|経度分 = 42|経度秒 = 12
|開業日 = {{jdate|[[1956}}年]]([[昭和]]31年)[[12月1日]]
|閉店日 = {{jdate|[[2003}}年]]([[平成]]15年)[[6月30日]]
|施設所有者 = [[東急百貨店]](建物)<br />[[東京急行電鉄]]、ビー・ケー・アセットファンディング有限会社(共有底地権)
|施設管理者 = [[東急レクリエーション]]
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|グループ = [[ファイル:TokyuDepartmentStore logo.svg|170px|東急百貨店]]
}}
'''東急文化会館'''(とうきゅうぶんかかいかん)は、かつて東京・[[渋谷]]にあった複合施設である。[[東急百貨店]]が所有・運営し、[[渋谷駅]]前(東口)を代表する文化施設として知られたが{{jdate|[[2003}}年]]([[平成]]15年)に閉館、建物も取り壊された。
 
跡地には{{jdate|[[2012}}年]]([[平成]]24年)、新たな複合ビル「[[渋谷ヒカリエ]]」が開業する予定となっている。
 
== 概要 ==
[[坂倉準三]]が構造設計を行い、[[鉄骨鉄筋コンクリート]]造、地下1階地上8階塔屋3階建であった。4つの[[映画館]]や美容室、レストラン、書店などの店舗が入り、特に屋上には[[プラネタリウム]]「[[天文博物館五島プラネタリウム]]」が設置された事もあり、東京の名所として[[修学旅行]]のコースに組み込まれた程の人気を博した。当時の国鉄渋谷駅東口は、[[東京都電|都電]]のターミナルであった事から、交通の混乱を避けるために、開業と同時に歩道橋が作られた。
 
しかし、[[1989年]](平成元年)、[[東急百貨店本店]]に併設される形で日本初の大型の複合文化施設として[[Bunkamura]]が開業し、東急グループを代表する施設ではなくなった。そして{{jdate|[[2003}}年]]([[平成]]15年)、建物の老朽化と[[東急東横線]](渋谷駅 - [[代官山駅]]間)の地下化工事および営団地下鉄13号線(後の[[東京地下鉄副都心線]])建設のため閉鎖し解体され、47年の歴史に幕を閉じた。
 
{{jdate|[[2008}}年]]([[平成]]20年)[[6月14日]]、跡地の地下に東京地下鉄副都心線が開業した。[[2010年]]4月、この施設の跡地に{{jdate|[[2012}}年]]([[平成]]24年)から「[[渋谷ヒカリエ]]」として再スタートをきる事が発表された。現在は、歩道橋と東京地下鉄副都心線のりばへの[[エレベーター]]のりばが設置されている程度である。
 
== 歴史 ==