「泣いて馬謖を斬る」の版間の差分

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==成語の経緯==
出典『[[三国志 (歴史書)|三国志]]』「蜀伝」
 
[[蜀]](蜀漢)の武将・[[馬謖]]が、[[街亭の戦い]]で[[諸葛亮]]の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑されることになるが、馬謖は諸葛亮の愛弟子であり、他武将馬謖一部処刑に踏み切るにあたり諸葛亮は涙を流した。後に[[蒋エン]]から「馬謖ほどの有能な将を」と慰留の彼を惜しむ声があがった。しかしが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と再び涙を流しながらも処刑に踏み切っ答えという
 
==『正史』と『演義』における違い==
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