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アマチュア陸上競技の勃興以来陸上競技は男子中心の競技であったが、1910年代に入るとヨーロッパ各国で女子陸上競技が興隆した<ref>『陸上競技のルーツをさぐる』 岡尾惠市、[[1996年]]、文理閣、30-37ページ</ref>。各国の女子陸上競技連盟創設を見た後の[[1921年]]、[[アリス・ミリア]]夫人らが中心となり女子陸上競技の国際的な統括団体である[[国際女子スポーツ連盟]](FSFI)が創設された。FSFIはオリンピック陸上競技の女子種目実施を求めて活動し[[1928年]]の[[アムステルダムオリンピック]]で5種目の開催に漕ぎ付けている。FSFIはその後実施種目数増加を求めて[[国際オリンピック委員会|IOC]]やIAAFとの交渉を続けたが実らず、機能をIAAFに吸収されて消滅した。
 
IAAFは[[1928年]]の総会でドーピング規則を承認して興奮剤の使用を禁止、[[1964年]]の[[東京オリンピックにおける陸上競技|東京オリンピック]]時に医事委員会を組織、[[1989年]]から選手に対する平時の抜き打ち検査を開始し、2011年の[[2011年世界陸上競技選手権大会|世界選手権]]以降は出場選手全員に対して大会時の血液検査を義務付けるなど[[ドーピング]]対策の歴史を持つ<ref name=iaafOF/><ref>『日本陸上競技連盟70年史』 377、444ページ</ref><ref>[http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/athletics/14494816.stm World Athletics 2011: IAAF launches Daegu blood tests] [[BBC]] (2011-08-11). 2011年9月16日閲覧</ref>。陸上競技選手のドーピング事例は過去に1980年代の[[東ドイツ]]など[[社会主義国家]]による組織的ドーピング、[[ベン・ジョンソン (陸上選手)|ベン・ジョンソン]]の選手資格剥奪、[[バルコ・スキャンダル]]などが発生した<ref>『読売新聞』1996年3月29日大阪朝刊2部、40面、33ページ</ref><ref>『毎日新聞』2007年10月6日東京夕刊、運動面、3ページ</ref>。IAAFは憲章にフェアプレーの推進とドーピングの撲滅を掲げており<ref name=jaaf2009/>、今日は[[世界アンチ・ドーピング機関|WADA]]とも密接な協力関係を築いてアンチドーピングを推進する<ref>[http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/athletics/5228060.stm Gatlin faces prospect of life ban] [[BBC]] (2006-07-30). 2011年9月17日閲覧</ref><ref>[http://www.iaaf.org/mm/Document/Antidoping/Rules&Regulations/03/30/48/20100113104605_httppostedfile_Chap32010-2011_EN_17816.pdf IAAF COMPETITION RULES 2010-2011 CHAPTER3 ANTI-DOPING] [[IAAF]]. 2011年9月17日閲覧</ref>。
 
2011年現在、IAAFは会長以下、第一副会長1名、副会長3名、名誉会計1名、地域陸連代表6名、カウンシルメンバー15名、事務総長1名がカウンシルを構成し、組織運営に当たる。総会はIAAFの最高決定機関<ref name=jaaf2009>[http://www.jaaf.or.jp/athlete/rule/pdf/1001.pdf 国際陸上競技連盟憲章] [[日本陸上競技連盟]]. 2011年9月17日閲覧</ref>であり、カウンシルと212の加盟団体代表が参加して重要事項の審議を行なう。また4年おきに会長・副会長・カウンシルメンバー・委員を選出する<ref>『IAAF世界陸上2007大阪大会報告書』 32ページ</ref>。総会は1991年以降[[世界陸上競技選手権大会|世界選手権]]の開催時に合わせて2年ごとに実施されており、2011年までに48回を数える<ref>[http://www.iaaf.org/aboutiaaf/structure/congress/index.html IAAF Congress] [[IAAF]]. 2011年9月15日閲覧</ref>。IAAFは[[1988年]]より[[IAAF世界最優秀選手賞]]の表彰を開始した。
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