「武蔵丸光洋」の版間の差分

[[2000年]](平成12年)1月場所には左尺骨手根伸筋附着部炎のため、4日目から初土俵以来初めての途中休場となる。先場所まで継続中だった連続勝ち越し記録がストップとなった。この頃から故障が目立つようになり、以降左手首の故障に悩まされることになる。また同年5月場所は、場所直前の稽古中に左膝を[[捻挫]]したため、初めて初日から全休となった。
 
2001年(平成13年)は1月場所と5月場所とに、貴乃花との優勝決定戦に進出するも、2回とも敗れて優勝を逃している。特に同年5月場所の優勝決定戦では、右[[膝]]の大怪我を負っていた貴乃花にまさかの敗北で優勝を逃し、その夜師匠の武蔵川親方に叱責されたという。その後7月場所からは、貴乃花の長期休場で7場所も一人横綱の時代が続いた。同年9月場所は平幕力士に5つも金星を献上(歴代の横綱で1場所5個もの[[金星 (相撲)|金星]]配給は歴代ワースト記録)してしまい9勝6敗と不調だったが、翌11月場所は13勝2敗、7場所ぶり9回目の優勝となった。またこの2001年、2年ぶり2度目の年間最多勝を受賞している。
 
[[2002年]](平成14年)1月場所は、左手首の故障再発で途中休場するものの、同年3月場所・5月場所と2連覇を達成。7月場所は首痛の影響で終盤崩れて10勝5敗に終わるも、翌9月場所の千秋楽横綱相星決戦では、長期休場明けの貴乃花を倒して、13勝2敗で12回目の幕内優勝を果たした。その優勝のインタビューで武蔵丸は「今までの優勝の中で一番嬉しい。貴乃花に敗れたままだったので、これまでは優勝しても心が痛かった。」と笑顔でコメントする。しかし皮肉にもこの一番が、貴乃花と武蔵丸にとって現役最後の対戦となり、又二人共に15日間皆勤した最後の場所となってしまった。同年11月場所中、武蔵丸は持病の左手首の故障が悪化、[[靱帯]]剥離[[骨折]]により6日目から途中休場した(前日の[[取組]]では貴ノ浪と対戦し[[下手投げ]]で敗れていた)。場所後手術を決意し、その後全休と途中休場が続いたが、手術した左手首は結局全快する事は無かった。
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