「砂澤ビッキ」の版間の差分

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土産物の木彫から出発し、大胆にして繊細、原始的にしてモダンな独自の作風を確立した。砂澤自身は「アイヌの芸術家」という枠にはめられることを嫌った。
 
 
初期には[[阿寒湖]]畔と[[鎌倉]]、その後[[札幌市|札幌]]を制作の拠点としたが、[[1978年]]からは旭川と同じ[[上川支庁]]の北部、[[音威子府村]]筬島(おさしま)の小学校跡にアトリエを構え、亡くなるまでの十余年、精力的に木彫作品の制作を行なった。その作品は国際的にも評価が高い。
 
二代目として、息子の[[砂澤陣]]がビッキ文様を受け継ぎ制作活動を行なっている。
 
==略年譜==
1,810

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